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お前は此の頃よくねむる
おまえはこのごろよくねむる
著者中野 鈴子
文字遣い新字新仮名
底本 「中野鈴子全詩集」 フェニックス出版
1980(昭和55)年4月30日
初出「新日本文学 第七号」婦人民主クラブ、1947(昭和22)年6月号
入力者津村田悟
校正者夏生ぐみ
公開 / 更新2020-01-05 / 2019-12-27
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


お前は此の頃よくねむる
朝もなかなか目が覚めない
若いお前には深いねむりが必要なのだ
お前よ
お前は母の手に返ってきた
日本が敗けたとき
お前はわたしの子供となった
お前が生まれたとき
はじめてねむったあの時の母子のように

わたし自身によって生まれた子供として
母の誇りをもって抱くことのできる
何と言う喜びぞ

わたしは乳をしぼった
出ない乳をしぼり、つかれて痩せ夜もねむらずに
お前を育てた育てた

赤ん坊や わたしは仮の母親で
ほんとうは天皇様の子であって
お前の命は天皇様におあずけしてあるのだと
天皇の言葉を口にしながら
分けの分からぬ泪を垂らしながら
お前はだんだん 大きくなってゆく
母に甘えながら物分かりよく快活に

わたしはだんだんにかなしくなって行った
物分かりよく快活であることがかなしかった
お前の骨が太くなってゆくことがかなしかった
物思わしげなお前の目は西住軍人の伝記を読みはじめた
お前は言った
僕も負けないよ ね母さん
わたしはうつむいたまま立ち上がった

どうしてお前に人を殺させられよう
お前をどうして人から殺させられよう
わたしは半狂人のように
毎日めまいがつづいた

お前はわたしの手に返ってきた
日本が敗けた時
日本全土が焼け野原になったときに
たくさんの人が死に焼けただれ
家無しとみなし児になったときに

そして六か月が過ぎた
飢えと寒さにさらされたまま
荒れ果てたそのままに
そしてお前よ

何事か起ころうとしている
恐ろしい勢いで
素晴らしい力で
それはきっとお前
何も彼もが逆であったのだと言うことが
あきらかにされることなのだよきっと
どんなに歪められ胡魔化されていたかお前が天皇の子でなく
わたしの子供であったように
わたしたちの手にとりもどって来ることなのだよきっと

いまやっと十六になったばかりの
夜明けに立つお前よ
深くねむれ
今こそ出かけてゆけ
どんなに遠いところへでも
深く深く入って行け
とりもどすために
打ち樹てるために



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