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氷島の漁夫
ひょうとうのぎょふ
副題01 氷島の漁夫
01 ひょうとうのぎょふ
著者ロティ ピエール
翻訳者吉江 喬松
文字遣い旧字旧仮名
底本 「氷島の漁夫」 岩波文庫、岩波書店
1928(昭和3)年9月5日
初出「近代西洋文藝叢書第十一冊 氷島の漁夫附埃及行」博文館、1916(大正5)年7月23日
入力者富田晶子
校正者雪森
公開 / 更新2020-01-14 / 2020-01-08
長さの目安約 300 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

第一編




 恐ろしく肩幅の廣い五人の男が、鹹氣と海との臭ひのする或る薄暗い家のやうななかで、肱を突いて酒を飮んでゐた。彼等の身長にはひくすぎるその棲家は、一方の端へ末細りして、丁度大きな海鴎の空虚な腹のやうであつた。それは緩い、眠氣を催させる、單調ななげきを立てて、微かに搖れた。
 外界は確かに海と夜とであつた、が、それについては少しもわからなかつた。天井にたゞ一つだけ開けてあつた窓は木の蓋で閉されてゐた。そして古い吊りランプがゆら/\搖れて彼等を照らしてゐた。
 暖爐には火が燃えてゐた。彼等の濡れた衣服は、湯氣を立てて乾いた。その湯氣は彼等の素燒のパイプからの烟と入り亂れた。
 彼等の嵩張つた食卓はその室一杯を塞げてゐた。それは室と全く同じ形をしてゐた。そしてその食卓の周圍には槲の壁板へ打ちつけた狹い棚木に腰を掛けるだけのいくらかの餘地はあつた。彼等の上には殆ど頭のつかへさうな大きな梁が渡つてゐた。そして彼等の背後には、厚い材木のなかを抉つたらしい寢床が、死者を入れる墓穴のやうに、口を開いてゐた。總てこの木細工は粗末な荒削りで、濕氣と鹹氣とが中まで沁み透つてゐて、彼等の手擦れで磨れて光つてゐた。
 彼等は粥椀で、葡萄酒や、林檎酒やを飮んでゐたが、生々した歡びが、そのこだわりのない、元氣な顏を輝かしてゐた。彼等は今食卓について、ブルトン訛で、女のことや、結婚のことを、語り合つてゐた。
 部屋の奧の鏡板には、ファイアンス燒の[#「ファイアンス燒の」は底本では「フ イアンス燒の」]聖母の像が小架の上に祠られてあつた。この聖母はこれ等水夫達の守神で、すこし古びてゐた、そして極く簡素な技巧で彩られてゐた。けれど、陶器で作られた人の姿は、生きた人々より遙かに長い命を保つものである。それで彼女の紅と青との服裝は、この貧しげな木造の家の總ての薄暗い灰色の中で、一點の鮮かな效果を見せてゐた。彼女は、これ迄にも、度々、惱みの時の熱い祈りを聽いたことであらう。彼女の足許には、二つの造花の束と、一つの念珠とが釘づけにせられてゐた。
 五人の男達は皆同じやうな身なりをしてゐた、厚い青色の毛編みのシヤツが、上半身をしめつけてゐて、それがズボンのしめ帶の中へたくし込まれてゐた。彼等の頭には、シュロア(これは西半球で雨を伴ふ南西風の名から出てゐる)と呼ばれる、瀝青を塗つた麻布の一種の水夫帽をかぶつてゐた。
 彼等の年齡はそれ/″\違つてゐた。船長は四十恰好に見えた。あとの三人は、廿五歳から三十歳位であつた。も一人の、皆がシル[#挿絵]ストルとか、またはリュルリウとか呼んでゐるのは、まだやつと十七歳であつた。彼は、脊丈と腕力とでは、もう一人前の男であつた。極く細い、ちゞれた黒い髯が彼の兩頬を包んではゐたが、未だ子供の眼をしてゐた。それが灰色がゝつた青みを帶んでゐて、いかにも柔しく、…

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