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月見草
つきみそう
作品ID59076
著者山之口 貘
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆18 夏」 作品社
1984(昭和59)年4月25日
初出「四国新聞」四国新聞社、1954(昭和29)年7月
入力者合田いぶき
校正者kompass
公開 / 更新2021-07-19 / 2021-06-28
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 現在のところに住んで、まる六年になる。東京都練馬区なのであるが、山手線の池袋駅からは、私鉄で十五分くらいのところで、まだまだたんぼや畑など私鉄の窓からもながめられて、いわゆる武蔵野を感じないではいられないのだ。
 ぼくの住んでいる家のすぐ前には、舗装道路がはっていて、石神井、新橋間のバスやその他の自動車が昼夜走っている。その道路を左へ百メートルほども行くと左右がたんぼになって、人家がまばらで、むこうには八幡さまの森が見え、そのずっとむこうに秩父方面の山脈がながめられるのだ。
 今年も、また、例によって、庭には月見草が咲き出した。この家に、ぼくの一家が来たころは、まだ家主さんの家庭菜園なのであったが、まもなくもとの庭になって、月見草も今年で五回目の花を咲くわけである。
 ぼくは、生活上のいろいろの事情で、原稿を書くのは夜なのだが、夏になると、机の前のガラス戸をあけて仕事にかかる。すると、スタンドのまわりに、様々の虫が寄ってくるのだ。蚊はもちろんのこと、カブトムシだのカナブンだの、ガだのアシナガだの、それにクモまでが原稿紙をのぞきに寄ってくるのである。これらの虫達はなにも、ぼくの仕事を邪魔するつもりで生きているのではなかろうが、ぼくにしてみれば腹の立つことで、残念ながら、愛情をもって虫達を迎えることが出来ないのだ。それどころか、はなはだ残酷なことをしないでいられなくなったりして、むきになってしまって、虫達の生命をどれほど奪い去ったかも知れないのである。
 しかしながら、月見草からは、いつもベンタツされて来た。前には月見草といえばセンチメンタルな花だとおもっていた。夕方になると、月見草はそのからだをふるわせながら、黄の花をひらくのだが、夜なかになっても、ぼくの仕事がはかどらず、四苦八苦の揚句、ペンをおいて一服しているときなど、ふと庭に眼をやると、月見草はまったく素晴らしいのだ。夜になって眼を覚して、さかんに生きているとでもいいたいながめで、ぼくなどもおなじ仲間みたいに親し味を感じ、勇気づけられるのである。
 仲間といえば、縁の下にもいるのである。大きなガマなのだ。縁側に出て、外の空気を吸っていると、ガマがおもい出しては歩きおもい出しては歩きしているのを見かけるのだ。そんなときかならずぼくは、カナブンを捕って、それをガマに投げあたえる。ガマはしかし、用心深いみたいに、すぐには食わないのだ。一足ずつ静かに近寄って、適当な距離に来ると、じっとカナブンを見守っているのだが、死んだものは食えぬとでもいうのか、カナブンが身動きするのを見届けてはじめて、ぺろっと食ってしまうのだ。



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