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勇子
ゆうこ
作品ID59082
副題一つの追憶
ひとつのついおく
原題Youko: A Remniscene
著者小泉 八雲
翻訳者林田 清明
文字遣い新字新仮名
入力者林田清明
校正者
公開 / 更新2018-06-27 / 2018-05-28
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

明治二四年五月五日 一八九一年


誰か賢き女を見出すことを得んや――その値打ちはなはだ高貴なり
ラテン語訳聖書

「天子様 御心配」天子様が畏れ多くも悲しんでおられる。
 街中が異様なまでに静まり返っており、まるで公の喪に服したように厳粛な雰囲気である。通りでは物売りたちですらいつもよりも低く呼び声を挙げている。普段だと朝早くから夜遅くまで開場している劇場や芝居小屋もみんな閉じている。どこの娯楽施設も同じように閉鎖され、また展示会も――生花の展示ですら例外ではない。同様に飲み屋もみんな店仕舞している。花街にも三味線の響きさえ聞こえてこない。大きな宿屋には浮かれ騒ぐ者さえいなかった。泊まり客は声を潜めて囁きあっている。町の通りで見かける顔には、いつものような微笑みの片鱗すらなかった。案内板には宴会や歌舞音曲は無期限に延期するという張り紙がある。
 国全体を覆っているこのような沈鬱さは、大きな惨劇か国民的な危難――例えばひどい大地震とか首都崩壊や宣戦布告などのニュースの後に引き続いて起こるのが通例である。ところが、実際にはこんな事態は起きていないのである――ただ天皇が悲しんでおられるという報があっただけである。この国の多くの都市においても、こうした大衆の哀しみのあり様や調子は、陛下に対する国民の深い同情を示している点ではいずこも同じである。
 この親密な同情の後に引き続いて広く国民の間に生まれているのは、悪事を正し加えられた損害を可能な限り償いたいという自発的で一致した願いである。これは様々な方法でそれ自体心の底から直接的に表明されたし、またその純朴さに心動かされるものである。ほとんど全国各地から、また一般庶民から哀悼の手紙や電報そして様々な興味深い見舞いの品々が帝国の賓客に送り届けられている。負傷した露国皇太子に対して、富める者も貧しい者も問わず、自分たちの最も高価な家宝や一番高い家の財産を提供しようと申し出たりしている。また露国皇帝に対しては、数え切れぬほどのたくさんのメッセージも――市民から自発的に送られている。ある立派な老商人が訪ねてきて、私にフランス語の電文を作ってくれるよう依頼した。それは皇帝の息子であるニコライ皇太子に加えられた襲撃に対して、日本の全国民の深い悲しみを表明する――露国皇帝宛の電報である。彼のために出来るだけのことをしたが、私は身分の高い高貴な人への電報文を書いたことがなかったのでどうすべきか迷った。「いいや、それは大丈夫です」と彼は答えた。「セントペテルブルクの日本大使に送るつもりです。きっと書式の違いなどはそちらの方で直してくれるでしょうから。」私はこの電文を送るのにいくら掛かるかご存知かと尋ねてみた。彼は百円以上くらいでしょうかと値踏みした。その金額たるや、松江の小さな商人が支出する額に匹敵するほどの大金であった。
 ある厳格…

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