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呪はれた手
のろはれたて
作品ID59086
著者葛西 善蔵
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻65 家出」 作品社
1996(平成8)年7月25日
入力者浦山敦子
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-07-23 / 2022-06-26
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 彼が、机の上の原稿紙に向つてペンを動かしてゐると、細君が外からべそ面して、駈け込むやうに這入つて来た。五つになる二女がおい/\泣いてついて来た。――また継母にやり込められたのだ。
 困つたものだ――と彼は眉を寄せて、ペンを置いて、細君がおろ/\声して、例のヒステリー声して、訴へるのを聴いた。
 それは今朝、彼の八つになる長女が、学校へ行く前に、継母の貰ひ子の十二になるお春と口争ひをしたのだ。その時長女は、「お前やばあさん(継母のこと)なんか、山の畑へ行つたきり一生帰つて来なければいゝ」、とお春に言つたのだ。それをお春は継母に告げたのだ。そこで継母は好いきつかけにして、彼の細君に当つて来たのだ。
「たつた今のうちに皆出て行つちまへ! 誰のかまどでもない、おれのかまどだぞ、ひとのかまどを喰ひ潰してゐて、そんたらこと言ふものどもは、たつた今のうちに出て行け!」継母は斯う呶鳴り散らしたのだ。
「何と言はれたつて、今暫らくのことだがね、辛抱するさ。そんなこと一々気にしたつて仕方が無いよ。……あんな性質の人なんぢやないか」
 彼は斯う言つて細君をなだめにかゝつた。
「いゝえ駄目です」と、細君はかぶりを振つた。「それはあなたは子供のことだから、何と言はれても平気で居られるか知れませんが、私は嫁ですもの。あんなにまで言はれて居る訳には行きません。それで、あなたのそれが出来あがつてお金の来る間、私は子供達をつれて実家へ行つて来ます」
 細君は斯う言ひ張るのだ。
 斯うなつては駄目だ――と彼も思つた。またヒステリーでもおこされては大変だと思つたのだ。それで、「では兎に角おやぢとも相談して来よう」斯う言つて、自在鍵のかゝつた炉辺をたつたのだ。
 彼はこの二ヶ月程前に、妻と三人の子供をつれて都会から帰つて来て、父の家に居候をしてゐるのだ。そしてこの十日程前に、近所の百姓が一家をあげて北海道へ移住したあとを借り受けて、彼ひとりそこに寝泊りして、三度の食事は細君に運ばせて、書きものをしてゐるのだ。そしてそれが出来あがつて金になれば、そこへ別居すると云ふことになつてゐるのだ。併し継母の気持としては、借家も出来た以上一日も半日も、継母の所謂かまどにゐてほしく無いと云ふ訳なのだ。それで一寸したことにも目角を立てゝ当り散らすと云ふ訳なのだ……。
 老いた父は、狭い店の帳場に背を丸くして坐つてゐた。彼の子供等が村の学校から持つて来た悪性の皮膚病をうつされて、それが全身にはびこつて悪寒がすると云ふので、綿入羽織を着て、襟巻までしてゐた。
 彼の顔を見ると、父は痛いやうな、また悲しげな、表情をした。それが、彼にひどく辛い気持を与へた。彼は父の煙管で二三服吸つたあとで、父の顔を見ないやうにして吃り/\言ひ出したのだ。
「それは、私の分は、これからまだ/\、もつと/\、火の中でもくゞらにやならんと思つ…

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