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劇団「笑う妖魔」
げきだん「わらうようま」
作品ID59101
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎探偵小説全集 第一巻 少年探偵・春田龍介」 作品社
2007(平成19)年10月15日
初出「少年少女譚海」1938(昭和13)年夏期増刊号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者良本典代
公開 / 更新2022-08-12 / 2022-07-27
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

妙な電話

「五郎さん、お電話です」
 書生の中野が扉をあけて云った。
「大層お急ぎの様子ですからどうぞ」
「誰から?」
「お名前を仰有いません」
 父の話に興じていた五郎は、話を中断されるのが残念そうに、軽く舌打をしながら廊下へ出た。
 ――電話は階段の脇にある。
「僕、五郎。誰だい?」
 受話器を耳にあてて云うや否や、向うは待兼ねていたように妙に喉へ詰った囁声で、
「五郎か、日東劇場の地下食堂へ、午後五時に来い。重大な話がある」
「君は誰さ、橋本か――?」
「午後五時だぞ。忘れるな」
「もしもし、誰さ君は、何の用が……」
 五郎の言葉が終らぬうち、相手はガチャリと電話を切ってしまった。――五郎は腹立たしそうに受話器をかけながら、
「妙な作声をしていたけど慥に橋本の奴だ。また詰らぬ悪戯をして笑おうというのだろう、その手に乗って堪るかってんだ」
 そう呟いて父の部屋へ戻った。
「誰からの電話だ」
「なに悪戯ですよ。橋本の奴が担ごうとしているんです。それより今の話の続きをやって下さい」
「少し疲れたからまたこの次にしよう、今日は是でおしまいだ」
 そう云って父親は大きな伸びをした。
 五郎の父、海部市造氏は数年前まで警視庁の刑事課長を勤めていたが、長男の一郎が不良少年の群に入って新聞に書かれるようなことになったので、敏腕を惜しまれながら断乎として辞職し、それ以来全く隠遁的な生活を送っていた。しかし警察界の事には今でも関心が捨て切れず、何か難事件があると独りであれこれと研究してみるのを唯一の楽しみにしていた。さっきから五郎に話していたのもそれで、最近頻々として起る怪殺人事件を、独特の観察眼で縦横に解剖していたところである。
 怪殺人事件とは?
 第一は長崎要港部の看視人の怪死、第二は大幡製鉄所の若い技師の怪死、第三は瀬戸内海遊覧船「むらさき丸」の船医の怪死、第四は大阪港湾局の巡邏船の乗組員四名の怪死、第五は敦賀、第六は静岡県沼津、第七は横浜、――こうして七件の怪殺人が何れも犯人不明のまま、第一の地の長崎から、次第に東京へと近づきつつあるのだ。
「今度は東京で事件が起るぞ!」
 それが市造氏の言葉であった。
 五郎は府立×中の四年生で、不良の兄のために前途ある官界を放擲した父に代って、自分こそ大いに出世し、海部家の名誉を恢復しようと努力している。成績も級一だし、気質も良く、級友たちから敬愛の的にされていた。それだけにまた一方の友達からは、
「あいつ厭に偉がってやがる」
 という猜みも受け、中にも橋本貞吉という乱暴な奴は、時折変な悪戯をしかけるのであった。
 その翌日、一郎は学校で橋本に会った。電話の悪戯が彼であるなら、必ず顔つきに出ている筈である。しかし橋本の様子には些しも変ったところがなく、訊いてみても電話などかけはしないということであった。
 ――おかしいな、…

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