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殺生谷の鬼火
せっしょうだにのおにび
作品ID59102
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎探偵小説全集 第一巻 少年探偵・春田龍介」 作品社
2007(平成19)年10月15日
初出「新少年」1937(昭和12)年9月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者良本典代
公開 / 更新2022-08-03 / 2022-07-27
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

凶報到る

 東京理科大学生の椙原敦夫は、北海道の奥地に在る故郷の妹から、
(母死ス父危篤至急帰レ、至急ヲ要ス)
 という意味の電報を受取った。
「なんだい是は」
 敦夫は訳が分らぬという顔で呟いた。
「母さんが死んで父さんが危篤だって? ――またチイ公の悪戯じゃないのか」
 春の休暇で帰省した時には父親こそ数年来の病床にあったが、妹の千代子も母親も揃ってぴんぴんしていたし、他に何も変った事が起りそうな状態は見当らなかった。
「然しまさか母死すなんて事が冗談に云えるもんじゃない、殊に依ると何か変事でも起ったのかも知れない、――兎に角行ってみよう」
 敦夫は直ぐ出立の支度をした。
 至急という事なので、朝の旅客機で旭川まで飛び、そこから青沼線の軽便鉄道に乗込んだのが、七月はじめの雨催いの午後一時であった。故郷の椙原村は旭川から東北へ三十里ほど入った僻地で、まるで馬車に毛の生えたような軽便鉄道が一本通っているきり、全く文明から掛離れた山間に在った。
 駅へ着いたのが午後七時過ぎ、電灯が無くて石油ランプの吊ってある、凡そ時代ばなれのした駅の建物を出ると、――横手のところに爺やの平造が馬車で迎えに来ていた。
「えらく早いお着きでがすな」
「旭川まで旅客機で来たからね、――旅客機、飛行機だよ」
「そんな危ねえ物にお乗んなすって」
「まあ宜い、出掛けよう」
 敦夫は馬車へ乗った。――馬車はまだ灰色の残照のある道を、荒地の方へ向ってがたがたと走りだした。
「一体何事が起ったんだ、爺や」
「恐ろしい事が始まっただぞ若旦那さま、奥さまは非業にお亡くなり遊ばすし、大旦那さまも御容態が危ねえだ、――村の者の中にも人死にがあるだよ」
「訳を話して呉れ、訳を」
「殺生谷の鬼火が祟り出しただ、御領分内の者ぁみんな生きた空ぁねえでがすよ」
 平造の話を簡単に記そう。
 この老人が「御領分内」と云っているのは、椙原家で持っている広大な土地を指すのである。それは北見と石狩の国境に近く、ふたつの嶮しい山塊に囲まれた平原で、湿地や沼沢の多い、礫の洗出されたひどい荒蕪地に取巻かれていた。――その土地の、つまり椙原村の一里ほど北へ離れた処に、俗に「殺生谷」と呼ばれる沢地がある。背を没するような蘆の生えた泥深い沼と、陰科植物の繁殖した湿地とで成り、見るからに物凄い場所であるが、そのうえ其処には昔から恐ろしい伝説があった。それは斯うである、……椙原家はもと仙台の伊達家の家臣であったが、今から凡そ二百五十年ほど以前に、蝦夷地開拓のため藩から選ばれて渡島し、間もなく同行の者たちの多くが引揚げた後も、椙原家だけは留って遂に土着し、今日に到ったのである。その開拓時代に、彼等は恭順を示さない土人達を、百二三十人集めて斬殺し、その死体を例の沼地へ投込んだと云う。――殺生谷と呼ばれるのはそのためで、それ以来其処には殺…

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