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天狗岩の殺人魔
てんぐいわのさつじんま
作品ID59103
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎探偵小説全集 第一巻 少年探偵・春田龍介」 作品社
2007(平成19)年10月15日
初出「少年少女譚海」1938(昭和13)年春の増刊号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者良本典代
公開 / 更新2022-08-10 / 2022-07-27
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

いよいよこの村へも殺人鬼

「伯父さん大変だ、凄い記事ですぜ」
 扉を蹴放すような勢でとび込んで来た祐吉は、新聞を片手に振廻しながら、
「殺人鬼権六! 当地へ潜入せり、銀行家宮橋多平氏脅迫さる、脅迫状には五千円を要求しあり、当地住民は恐怖動揺を来し、警察当局もまた非常警戒に任じたり」
「うるさい、うるさい!」
 平野大造氏は手を振って制した。
「いま京太郎から研究問題の説明を聞いて居るところじゃ、そんな下らぬ新聞記事などは止めにしろ」
「だって殺人鬼権六と云えば……」
「黙れ、おまえは毎も盗難事件だの殺人だのと、まるで探偵のような事にしか興味を持たんじゃないか、そんな事で立派な医者に成れると思うか、少しは京太郎を見習うが宜い、呆れた奴だ」
「じゃア黙りますよ」
 祐吉はむっとして、部屋の隅の長椅子へどかっと体を投出した。
 此処は南伊豆の大楠村という、半島と半島に囲まれた風光明眉の土地で、東京、大阪の富豪や外人たちの別荘地として、近年ようやく発展しつつある処だ。――平野大造氏は隠退した実業家で、資産五十万円と云われるが妻子も無い全くの独身で、五年まえからこの大楠村に洋館の住心地の宜い家を建て、料理人と下男二人だけを使って気楽な余生を送っている。
 木村祐吉は医科大学の二年生、種田京太郎は理科学の研究室へ勤めているが、二人とも平野氏にとっては甥に当り、五十万円の財産は将来この二人が受継ぐことにほぼ話が定っていた。……今度は二人とも論文を書きにこの家へやって来たのだが、京太郎は海岸にあるホテルに住い、勉強の暇さえあれば伯父を慰めに訪ねて来るのに反し、この家にいる祐吉の方は、論文などそっち退けで、朝から家を外に飛廻っているという有様だった。
 温和しい京太郎は、伯父にやっつけられて、祐吉が気を悪くしたらしいのを見ると、
「ああもう九時ですね」
 と時計を見ながら静かに立った。
「帰って勉強する時間ですから、僕は是で失敬します」
「そうか」
 平野氏は残念そうに、
「いまの話は面白かった。火山岩を或種の電波で金に還元する、――それが事実だとすれば世界の経済界をかき廻す事が出来るぞ。まあ精々やって呉れ、直ぐに資金を出すという訳には行かんが、大丈夫と定れば」
「どうか伯父さん!」
 京太郎は羞しそうに遮った。
「そんな大きな声で仰有らないで下さい、当分この研究は秘密にして置きたいと思いますから、決して他言なさらないように」
「宜し宜し、もう決して云わん」
「では失礼します。――祐ちゃん失敬」
「うう」
 祐吉は不愛想に呻いただけだった。
 京太郎が立去ると、――平野氏は自分の椅子へ戻って葉巻に火を点けながら、
「祐吉、おまえもっと確りせんと駄目だぞ、そんなにのらくらしていると儂が死んでも遺産を分けてやらんから」
「遺産なんか貰わなくても僕ァ、伯父さんの生きている方が宜い…

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