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謎の頸飾事件
なぞのくびかざりじけん |
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作品ID | 59104 |
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著者 | 山本 周五郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「山本周五郎探偵小説全集 第一巻 少年探偵・春田龍介」 作品社 2007(平成19)年10月15日 |
初出 | 「少年少女譚海」1931(昭和6)年1月 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 良本典代 |
公開 / 更新 | 2022-07-29 / 2022-06-26 |
長さの目安 | 約 15 ページ(500字/頁で計算) |
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新年宴会
正月七日の宵。――七草粥の祝儀をそのままに、牧野子爵邸では親族知友を招待して、新年宴会を催した。
集る者十人。その中でも特に人々の注意をひいたのは、少年探偵としてめきめき名をひろめた春田龍介君とその助手である拳骨壮太、それから警視庁での名探偵と呼ばれる樫田刑事の三人があることだった。
この三人は、去年東京を中心にして行われた大きな犯罪を探偵して、立派な功績をのこした両大関で、その夜はたがいに初めて会うのであった。
「僕春田です」伯父である牧野子爵から紹介された時、春田君は謙遜して自分から握手を求めながら、言葉ひくく話しかけた。
「お噂はいつも伺っております、どうぞよろしく」
しかし樫田刑事は、なにをこの小僧がといわんばかりに、ちらと眼をくれただけで、
「やあ!」といったまま、春田君のさし出した手を握ろうともせず、さっさと自分の椅子の方へ立去っていった。
傍にいてこの無礼な態度を見ていた拳骨壮太は、ぎりぎり歯噛みをして「坊っちゃん、あっしゃあ彼奴をのしちゃうからね!」と腕をまくった。しかし春田少年はそんなことで怒るような小胆者ではない。立去って行く刑事の後姿を見送って肩を竦めてふふんと笑いながらいった。
「よし給え、あの人はいつか自分から僕の手を握りにくるようになるよ、ここが我慢のしどころさ」
そして壮太の肩を叩いた。
「さあ皆さん」牧野子爵は集った客たちに向って叫んだ。
「食堂の用意ができたそうです、今夜は北京亭から腕利の料理人を呼んできて、邸で料理させた純粋の北京料理を御馳走いたします。さあ、どうぞお席へ」
客達は話しながら子爵の後から食堂へ入って行った。
黄色ダイヤの頸飾
食事の間、お客達の話は春田君の手柄話に賑わった。
牧野子爵はむろん自分の甥の自慢だから、黙ってひきさがっているはずはない。例の潜水艦の秘密事件だの、幽霊殺人事件だの、それからつい最近に解決したばかりの、あのメトラス博士一味の骸骨島の事件だの。自分の邸に珍蔵してある黄色ダイヤの頸飾を中心にして、ヤンセン牧師との一騎討事件だのを、我ことのように話しつづけるのであった。
「ですがねえ子爵!」客の中から秋山という若い紳士が声をあげた。
「その問題の黄色ダイヤの頸飾が、まだお邸にあるのでしたら、我々に見せて頂きたいものですねえ!」
すると一座の客たちも、それに賛成して、どうぞ頸飾を見せて貰いたいというのであった。
「よろしい、諸君、では物語の中心となったその頸飾をごらんに入れましょう」
子爵はすぐに小間使を招いて、夫人の化粧室から、頸飾を持ってくるように命じた。
間もなく小間使は黒天鵞絨張の小筐を持って帰って来た。人々は世界的に有名な頸飾を見たいというので、子爵のそばへ寄っていった。
「これです」子爵はやがて小筐の中から、燦然と輝き光る一連のダイヤの頸飾を…