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紅葉
もみじ
作品ID59134
著者伊藤 左千夫
文字遣い旧字旧仮名
底本 「左千夫全集 第二卷」 岩波書店
1976(昭和51)年11月25日
入力者高瀬竜一
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2019-09-18 / 2019-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

秀麗世にならひなき二荒の山に紅葉かりせはやと思ひたち木の芽の箱をは旅路の友と頼みつゝ丙申の秋神無月廿日の午の後二時半と云ふに上野の山のふもとより[#挿絵]車にこそうち乘りけれ
いかはかり紅葉の色や深からん山また山のおくをわけなは
赤羽さわらひ浦和大宮なと夢の間に打過て上野の國宇都宮[#「上野の國宇都宮」はママ]にそ日は暮にける
はる/\ときしやに訪へはや紅葉しゝ紅葉のかけの猶もまたるゝ
しはしやすろふ暇もなく烏羽玉の夜路をは馳りつゝ[#挿絵]車は直に日光山にこそ向ひにけれ はや近しなと乘合の人々のゝしりけれは
時の間に關の東の大原を渡りてきしやのあな心地よや
日光山脚下の小西てふ旅やかたに夜の八時過と云ふ頃旅の行李はおろしにけり
たつねきてふもとに宿る宵の間もなほ待れぬる峯の紅葉
來てみれはあなかしましや山里は峯の嵐に谷川のおと
廿一日の朝しらせさりける都の友かりにかくなんいひやりたる
都をはきのふいてつるあくかれし心みやまに紅葉たつねて
あなひ一人ひき具しつゝつとめて山にわけいれはふもとのあたりは紅葉なほあさし
おのかしゝ霜やおきけん山/\の紅葉の色はうすくこくして
わけゆくまゝに秋の色はいとゝ深くなりまさりつゝ
炭かまの煙あはれに立てるかな紅葉色こき峯のかひより
よとめるは藍のこと躍れるは雪をちらす大谷の流巖にくたけ石に轟きつゝ溪谷を奔下するさま筆には及ひかたし
もみち葉の八重かさなれる谷そこにさやかにみゆるたきつ白浪
溪流にかけわたしたる橋のあなたに茶をあきのふ庵ありけるほとりより横道にわけいりて木の根岩かとはらはひつゝ深くたとりゆけは
瀧のみや巖にかゝるもみち葉の錦のうらもなかめられつゝ
また右なる方にいとさゝやかなを白糸の瀧となん云と聞て
もみち葉の錦おりたる山にしもたかぬひそへし白糸のたき
元なる道に歸りてしはしゆくほとに馬かへしと云ふ所につきぬ 昔は此山に詣てつる人はかならす茲より馬をはかへしたりとなん 開けゆく御代の惠に此深山路も今は馬の通はぬ岨路もなくなりにけり 此の夏はあやにかしこき日つきの皇子も行啓遊はされこゝなる旅舘つた屋となんいへるに御やとりましませしとかや うへに家居もいとすか/\し おのれもしはし茲に腰うちかけて例の木の芽に都の手ふり忍ひつゝ旅のつかれも忘れにけり 賤か草屋のさまさへいとゝあはれに目とめらるゝものから
宿ことに錦のまかきゆひつゝも山里いかに秋はうれしき
おもしろや秋の山里來てみれは家峯の宿木そも紅葉して
仲/\に住まほしくも見ゆるかな紅葉にかこふ山賤か庵
山はやう/\深くなりにけり
わけ入れは紅葉いよ/\色深しおくに立田の媛やますらむ
あるは峯の端あるは谷間にくたりいつくよりなかめてもあたりの山/\をはうち拔きつゝいともたかきは二荒の山
毛の國や黒かみ山の峯ふりてたへす棚ひく天津白雲
やゝ昇る程に其名さへいと高き…

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