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二月堂の夕
にがつどうのゆう
作品ID59149
著者谷崎 潤一郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「谷崎潤一郎全集 第十卷」 中央公論社
1982(昭和57)年2月25日
初出「新小説 臨時増刊 天才泉鏡花」1925(大正14)年5月
入力者杉浦鳥見
校正者芝裕久
公開 / 更新2021-02-06 / 2021-01-27
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

奈良の二月堂のお堂の下で、大勢の見物人が垣を作つて一人の婆さんの踊りを踊るのを眺めてゐる。婆さんは五十四五ぐらゐで、メリンス友禪の色のさめた長襦袢一つに、紺のコール天の足袋はだしになり、手には花やかな舞扇を持つて舞つてゐる。婆さんのうしろには、かう云ふ古い上方のお寺でなければ見られない、優雅な物さびた土塀がある。その塀の壁に阿彌陀樣だか如來樣だか、何か知れない小さな御佛の繪像を懸け、チーン、チーンと、巡禮のやうに鈴を鳴らしつつ唄ふのにつれて、婆さんはしきりに踊るのである。「ちゝはゝの惠みも深き粉河寺、………」文句は違ふが、唄の節廻しはあの御詠歌によく似てゐる。此の唄を、今も云ふやうに鈴を振りながら唄つてゐるのは、又別な二人の婆さんと、三十恰好の年増である。その中の一人の婆さんは、黒縮緬の紋附を羽織つた、でつぷり太つた元氣の好さゝうな人柄であるが、とき/″\見物の方へ扇をさし出して、「どうか皆さん、お志を投げてやつて下さいましよ」と云ふやうな意味を、私には眞似は出來ないけれど、此の地方特有の、柔和であつて何處かずるさうな心持のする言葉で云ふ。
私は最初、此のお婆さんたちを乞食ではないかと思つたのだが、さうでないことは彼女たちの服裝を見てすぐと分つた。「何々講」と講中の名を筆太に記した提灯を、竹竿の上へ高く吊るしてゐるところから察すると、此の近在の農家の隱居や上さんどもの集りでゞもあらうか。今夜はお堂のお水取りの日で、宵の七時に大松明がともされると云ふので、まだ日の暮れの五時であるのに參詣の人々が詰めかけて來る。此のお婆さんの連中も多分さう云ふ信心家の一團なのであらうが、そして御佛への供養のために、乞食のやうに大道へ出て御詠歌を唄ひ、舞ひを舞つてゐるのでもあらうが、その歌の方は兎も角も、講中の人がこんな風に舞ひを舞ふのを、私は嘗て關東などでは見たことがない。空也念佛と云ふものがあるのは唯聞いてゐるばかりだけれど、此の講中の御詠歌の踊りはそれに似たものではないだらうか。無論しろうとの田舍の婆さんが踊るのだから、むづかしい手はないにしてからが、此れだけ巧者になるのには餘程此の道に凝り固まつてゐるに違ひない。チーン、チーンと、ゆるやかな間を置いて、あのうら悲しい鈴が鳴る。その度毎に婆さんはお時儀をするやうに頷いて、兩手で舞扇を扱ひながら、疊二疊ほどの毛氈の上を靜かに往つたり來たりする。踊りの足どりは簡單で、踵と爪先とを平に上げて、芝居の馬のやうな歩き方を繰り返す。變化があるのは扇のさばき方だけで、或る時はそれを正面に翳し、或る時はそれをさら/\と袂に添うて波打たせるのが、非常に手に入つたものなのである。
婆さんは踊りながら、「何だい、そんな唄ひ方では踊れやしないよ」と、唄ひ手の方へ折々ぶつぶつ口小言を云ふ。面長な、痩せた、しやくれた婆さんの顏は、酒飮みらしく赤く爛れて…

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