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根岸庵訪問の記
ねぎしあんほうもんのき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「左千夫全集 第二卷」 岩波書店
1976(昭和51)年11月25日
初出「俳星 第二卷第一號」俳星発行所、1901(明治34)年3月12日
入力者高瀬竜一
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2018-10-14 / 2018-09-30
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

近来不良勝なる先生の病情片時も心にかからぬ事はない。日本新聞に墨汁一滴が出る様になってから猶一層である。或は喜び或は悲み日毎に心を労している いくらか文章に勢が見えて元気なことなどの出た日には。これ位ならばなどと心細い中にも少しく胸が休まるような感じがするものの実際は先生の病情少しも文章の上では推測が出来ないのが普通であるのだ。
歌の会俳句の会すべてを止めて余り人にこられては困ると云うようになってよりは。たずねてよいやら悪いやら殆どわからないけれども。愈ゆくまいと云う気にはどうしてもなられない。つまり余りゆくもわるい余りゆかぬも悪るいだろうと思うた。時々の先生の話振からでもたまには行く方がよいように感じたから。人は兎に角自分は時々は是非訪問することと極めたのである。余りま近くゆくこと余り長居することだけは固く謹もうと思うた
今月はきょう迄に三回たずねた 月始りは三日の日に一度たずね。それから七日の日にはわざわざでない上野辺に聊か用事があったので。きょうはと思い午後の四時じぶんに先生の門前迄往ったが。ふと考えてみるとまだ三日しか間がない 余りま近く重なるはよくあるまいかしらんと気がついたので。門前に躊躇しながら内をのぞいてみると。女の下駄が三足あるけれどちゃんと内へ向いて並んでいる よその人のらしくない 客もないなとは思うたがまずまず今日はよるまいと決心した。
決心はしたもののさればと云って未だなかなか帰ると云う方に足はむかない。暫くたたずんで内の様子を見ると云うでもなく考えて居ると云うでもなく只ぼんやりしていたのである。おっかさんの声もしない 妹さんの声もしない 先生のせきの声もきこえない。帰ろうと云う決心極めて薄弱であるので未だ吾からだを動して帰路に向わしむる程の力がないのだ。何とはなしに陸さんの門前の方へ廻り何とか云う人の門につきあたり左の方を注視したけれども先生の庭の方へ出でる道はない 仕方はないから又もとへ戻って先生の前へ来た。ふたたび内をのぞいた 下駄もさきに見た通りでかわらない 愈ほんとうの決心がでて門前を東へ過ぎて吾躰を運転した。例の通りつき当って右へまがり又右へまがりいつも先生の庭の方へゆく門の所までくると又ふらふらと気が動いて此門へはいった。直ちに例の杉屏の前までやった 裏からはいろうと云う心でもなくまあ……のぞき込みにきたのだ。枝折戸をあけるわけにもゆかないでしきりにそこ此所からのぞいたけれども屏の内はよくも見えない 無論どなたの声もきこえない。漸くあきらめがついて帰ってしまった 先生の許へ往くようになってからこんな事はきょうが始めてである
十三日の午後から急に訪問を思い立って出掛けた。二三日前に百花園からつるの手をつけてある目籠に長命菊つくし石竹の苗其他数種の青草を植込にしたやつを買って来て置いたのを持って往ったのである
きょうは暖炉の…

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