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秋の岐蘇路
あきのきそじ
著者田山 花袋
文字遣い旧字旧仮名
底本 「明治文學全集 94 明治紀行文學集」 筑摩書房
1974(昭和49)年1月30日
初出「文藝倶樂部 定期増刊 月と露」1903(明治36)年10月
入力者杉浦鳥見
校正者岡村和彦
公開 / 更新2020-11-21 / 2020-10-28
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 大井、中津川の諸驛を過ぎて、次第に木曾の翠微に近けるは、九月も早盡きんとして、秋風客衣に遍ねく、虫聲路傍に喞々たるの頃なりき。あゝわが吟懷、いかに久しくこの木曾の溪山に向ひて馳せたりけむ。名所圖繪を繙きて、幼き心に天下またこの好山水ありやと夢みしは昔、長じて人の其山水を記せるの文を讀み、客の其勝を説くを聞くに及びて、興湧き胸躍りて、殆どそを禁むるに由なかりき。さればわが昨日遙かに御嶽の秀絶なる姿を群山挺立の中に認めて、雀躍して路人にあやしまるゝの狂態を演じたるもまた宜ならずや。
 木曾の溪山は十數里、其特色たる、山に樹多く、溪に激湍多く、茅屋村舍山[#挿絵]水隈に點在して、雲烟の變化殆ど極りなきにありといふ。住民また甚だ太古の風を存し、婦は皆齒に涅し、山袴と稱する短袴を穿ち、ことに其の清麗透徹たる山水は克く天然の麗質を生じて、世に見るを得べからざるの美頗る多しと聞く。まして須原の驛の花漬賣の少女はいかにわが好奇の心を動かしけむ。われも亦願はくはこの山中の神韻に觸れて、美しき神のたまさかなる消息を聞かばやと思ふの念甚だ切なりき。
 ことに、既に長き旅路に勞れたる我をして、嚢中甚だ旅費の乏しきにも拘らず、奮つてこの山中に入らしめたる理由猶一つあり。そは、わが親しき友のこの山中なる福島の驛にありて、美しき詩想を養ひつゝあること是なり。この友は木曾山中の妻籠驛に生れて、其のすぐれたる詩想とそのやさしく美しき胸とは、曾てわれをして更に木曾の山水に憧がれしめたるもの、今しも共にその山水に對して、詩を談し、文を論じたらんには、その興の饒き、あはれ果して如何なるべき。これ我の殊更に遠きを厭はずして、この山中に入りたる所以なり。
 落合驛を過ぎて、路二つに岐る。一は新道にして木曾川の流に沿ひ、一は馬籠峠を踰えて妻籠に入る。われは其路の岐るゝ一角に立ちて、久しくその撰擇に苦しまざるを得ざりき。聞く、新道の木曾川に沿へるの邊、奇景百出、岩石の奇、奔湍の妙、旅客必ずこれを過ぎざるべからずと。况んや、其路坦々として砥の如く、復た舊道の如く嶮峻ならざるに於てをや。されど其道を過ぎんには、わが稚き頃より夢に見つる馬籠驛の翠微は遂に一目をも寓する能はざるなり。往古の木曾の關門とも稱すべき風情ある驛舍の景は、永久にわが眼に映ぜずして終らざるべからず。
 われは遂に舊道を取りつ。
 數歩にして既にその舊道のいかに嶮に、且いかに荒廢に歸したるかを知りぬ。昔の大路には荊棘深く茂りて、をり/\横れる小溪には渡るべき橋すら無し。否、崕は崩れ、路は陷りて、磊々たる岩石の多き、その歩み難きこと殆ど言語に絶す。かくて溪流を徒渉すること二、路は暫し松林の間を穿ちて、茅屋村舍の上に靡ける細き烟のさながら縷の如くなるを微見つゝ、次第に翠嵐深き處へとのぼり行きしが、不圖四面打開きたる一帶の高地に出でゝわれは…

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