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![]() むほうなかそう |
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作品ID | 59186 |
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原題 | VIOLENT CREMATION |
著者 | 小泉 八雲 Ⓦ |
翻訳者 | 佐藤 春夫 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「小泉八雲 初期文集 尖塔登攀記 外四篇」 白水社 1934(昭和9)年11月20日 |
入力者 | 有戸 来夢 |
校正者 | 深白 |
公開 / 更新 | 2022-09-26 / 2022-08-28 |
長さの目安 | 約 23 ページ(500字/頁で計算) |
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[#ページの左右中央]
一八七四年十一月九日
エンクワイヤラア紙上に社會面記事として執筆せしもの。
[#改ページ]
無法な火葬
土曜日夜の恐るべき犯罪
慘殺されて竈で燒かれた男
恐ろしき父の復讐
殺人容疑者の逮捕
情況證據の環
戰く馬の憫れな證據
戰慄すべき惡魔的所爲の詳細
被告の陳述と名刺型寫眞
「災禍は踵を追ふて襲ひ來る」、しかく災禍は迅速に相次いで起るものだ。前に我々は過去數年間中當市に起つた最も大きな火災の一つの顛末を報道したばかりであるのに今又茲に我が州の紋章に千古の汚點を印した兇惡無比の殺人事件の記載を要求された。何人も戰慄すべきその詳報には嘔吐を催すほど殘忍にして恐るべき殺人事件――恐らく火によつてその目的を急がれたらしい兇行。もとより二人の被告殺人犯の後見役は復讐であつたが一方漸次本記事の進行につれて明白なる如く
恐るべき秘密暴露の恐怖
がこの血腥い犯行に第三者を使嗾した促迫の動機となつたものであらう。兇行の場所は中央並木通りの眞西、舊ワアク蝋燭製造會社工場跡の眞向なるリヴィングストン街とギャムブル横町に跨るフリイベルグ製革工場内であつた。
登場人物。
被害者はヘルマン・シリングと云ふ男。アンドレアス・エグナア、ジョオヂ・ルウファー、フレデリック・エグナアの三者が殺人容疑者である。
我々の獲た報道によれば不必要な冗語を一切除いた事件の眞相は次の如くである。被害者ヘルマン・シリングはフリイベルグ方に暫く雇はれてゐたもので製革工場の西隣りで工場とは木戸續きのフィンドレイ街一五三番地に酒場兼下宿業のエグナア方に嘗て止宿してゐた。エグナアにはジュリアといふ十五歳ばかりの娘があり世上の噂では餘り身状のよくない蓮葉娘であつたが被害者シリングと彼女とは非常に懇ろになつた。事實二人の交情は或夜遲く父親のために
彼女の寢室で
密通の證據たる現場を發見されたがシリングはその時窗を破つて地上に飛び降り辛くも父親の復讐を逃れて一時事なきを得た。エグナアはシリングが娘を誘惑したのだと強硬に主張したが被告は娘との密通は素直に認めながらも自分が最初の密通者でもなく且愛された唯一の相手ではないと申立ててその責任は拒否した。兎に角娘は懷姙し本年八月六日姙娠七ヶ月で子宮癌のために病院で死亡した。同日エグナアと息子のフレデリックとは樫材の桶割板をもつてシリングを製革工場に襲ひ恐らく局外者の妨害がなかつたら殆ど彼を致死せしめたであらう。シリングはエグナア父子を毆打罪の科で拘引せしめ彼等は保安官の前で審理の結果有罪と決し五十弗の科料並びに一年間彼に對して治安を妨げぬ印として二百弗の保證を負はされた。審理後自家の酒場の部屋で
エグナア親父は誓言して曰く
この怨みの返報にシリングの命は吃度取つてくれると、その後もこの威嚇を彼は數度の機會に繰返してゐた。シ…