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稲の一日
いねのいちにち
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第二巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年8月20日
初出「世界」1946(昭和21)年12月
入力者砂場清隆
校正者岡村和彦
公開 / 更新2020-08-22 / 2020-08-13
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 一日が二十四時間であることは、人間ならば、子供でも知っている。しかし稲がそれを知っているかどうか、それは多分稲専門の農学者にも、よくわかっていないであろう。
 稲がもし一日が二十四時間であることを知っていたら、話はそれでおしまいである。しかしもし稲がそれを知らないとしたら、これは大変な大問題にまで展開する話である。少し大袈裟にいえば、七千八百万の日本民族の生死にかかわる問題が、その点にかかっているといえないこともない。
 少し話が唐突のようであるが、少しく説明すれば、誰にも理解される簡単な話である。早稲について考えてみて、籾をまいてから米の出来るまで、例えば四カ月かかるとする。この百二十日で米が穫れる場合、稲はその百二十日という日数を何によって知るかが問題の焦点である。稲がカレンダーを見るわけではないから、百二十日の日というのは、あまり問題にならないであろう。
 此処で問題は二つに分れる。その一つは、百二十日間の時間、即ち二千八百八十時間(24×120=2880)という時が必要なのであるか、或いは夜昼が百二十回くり返すことが必要なのであるか、そのいずれかであろう。もし前者であるとしたら、稲が一日が二十四時間であることを知っていることになる。ところがもし後者であったならば、稲が絶対的の時の長さというものを知っている必要は無いので、ただ温度と照射との変化が、百二十回くり返されたことを知っていればよいことになる。われわれの知っているこの地球上で、日変化をするものは、温度と明暗ばかりでなく、気圧、イオン量、その他いろいろな要素があるが、話を簡単にするために、その中で最も重要らしい二要素、即ち温度と照射だけを採り上げて考えてみる。もし必要があれば、その他の要素についても同様に考えて行けばよい。
 種から芽が出て、それが生長をして、炭酸ガスと水とから澱粉を作る。この神秘な作用は、生命という不思議な力の賜物である。一つの生命が、自分の生長をして、さらに次の時代の生命を作るという神秘な過程を完了するのに、或る一定の時を要することは、疑う余地のないところである。しかしその時というのが、物理現象などを支配している時とは、少しばかりちがうのではないかということは、一応考えてみてよいことである。
 例えば東北や北海道などで、普通の苗代時期に籾をまくと、水温は十度を一寸越した程度であって、発芽には十日くらいかかる。ところが水温を四十度に上げると、一日で立派に芽が出て来る。即ち発芽に要する時間は、外界の条件によって、十分の一くらいに縮めることが可能である。
 この考えを進めて行って、もし稲をその各生長段階において、最適の条件に保ってやれば、籾をまいてから米の出来るまでの期間を、ずっと縮めることができるはずである。事実それは縮められるのであるが、その方の専門学者の話によると、何にしても…

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