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鉛筆のしん
えんぴつのしん
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第二巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年8月20日
入力者砂場清隆
校正者岡村和彦
公開 / 更新2020-05-18 / 2020-04-28
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私たちは小さい時から、「おぎょうぎよくなさい」ということばを、いつも聞かされたものです。箸の持ち方、茶碗とお椀とお皿の置き方、食べ方、坐り方から、帯のしめ方までずいぶん細かいことを、いちいちやかましく注意されました。
 こんなことは、昭和の時代になってから、だんだんゆるくなってきました。戦争中には、一時、ゆがめられた形で、しつけがやかましくいわれましたが、本当のしつけは忘れられてしまっていました。とくに、戦争が終ってアメリカの新しい考え方がはいってきてからは、しつけは、やかましくいわれないどころか、まるで悪いことのように思われているようです。このことは、今のうちにもう一度ゆっくり考えて直しておかないと、困ったことになる心配があります。
 しつけをやかましくいうことが、どうして新しい考え方にもとるのでしょうか。新しい考え方といわれるのは、ひとりひとりの人間の値うちを尊ぶというのが、一つの大きなねらいです。そこで、いっそうその人の値うちが高くなるように、目上の人には敬いの心を持つことや、服をきちんと着ることや、食事の時、他の人にいやな感じを持たれないように、食卓の礼儀を守ることなどを細かくやかましくいうことは、新しい考え方にもとるのではなく、むしろ、新しい考え方に合うわけです。
 みなさんは、アメリカの家庭では、しつけのことなんかやかましくいわれないだろうと思ってはいませんか。ぶたれるようなことは、絶対にないだろうと思っているでしょう。
 ところが、本当はそれと全く正反対で、アメリカでは、しつけがとても厳しいのです。アメリカでは、小さい時からお客様といっしょに食事をするならわしですから、食事の細かい作法などは、小さい時から、ちゃんとしつけられます。うそをいったり、間違ったことをすると、別に両親でなくても、ようしゃなく叱りつけます。おしりをぶたれることも、珍しくはありません。
 こうして、よいしつけを身につけた人が多くなればなるほど、正しい民主主義の明るい社会が生まれていくのです。
 戦争の終った次の年だと思いますが、終戦後はじめて列車に二等車がつけられた頃のお話です。
 私の乗っていた二等車も満員で、立っている人もずいぶんありました。間もなく車掌さんの検札が始まりました。その時、三等の切符で乗っていた十七、八ぐらいの青年がおりました。車掌さんは、
「これは二等車ですから、三等車の方へ行ってください」
と、いいました。が、この青年はいっこうに動こうとしません。
「三等は満員で、とても乗れないよ」
「いえ、次の車はそう混んではいません」
「いや、混んでるよ」
 ふたりは、こんな押問答をしていましたが、この青年は急に声を荒立てて、
「何いってやがるんだい! 民主主義の世の中だぞ! 二等も三等もあるものか!」
と、どなりつけました。車掌さんは、すごすごと、次の車にいっ…

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