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画業二十年
がぎょうにじゅうねん
作品ID59190
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第二巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年8月20日
入力者砂場清隆
校正者岡村和彦
公開 / 更新2021-01-15 / 2020-12-27
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私は悪友のK画伯、但し画伯は自称、から一度だけ褒められたことがある。「あなたはどんなに忙しくても、絵を描こうというと、感心に断ったことはないね」というのである。
 事実、世の中に、何が面白いといっても、良い座敷で、御馳走を喰べて、それから絵を描くくらい、面白いことはない。とくに、上等の酒が少しはいると、何だかむずむずして来る。世の中には、酒だけ飲んで、絵を描かない人もあるが、どういうつもりなんだろうかと、ひとごとながら気になる。
 もっとも、こういうことをいっても、私を知っている人は、あまり本当にしてくれない。厄介なことには、絵の話を切り出してくれる人がまず無いので、話にならないのである。それで随筆集には、せいぜい自作の絵を入れて、宣伝これ努めているつもりであるが、それでも反応は微弱である。誰も落款を見てくれないらしい。或いはどうせ誰か有名な画家に描いてもらったのだろうと、見逃してしまうのかもしれない。
 大勢は思わしくないが、それでも一人や二人は知己がある。前の自称画伯K君もその一人であるが、もう一人小宮(豊隆)さんがある。水原秋桜子氏の『安井曾太郎』の中に、次ぎのような一節があり、私は大いに知己の恩を感じている。
「先生も絵をお描きになりますか」
「いいえ描きませんよ」
「でも北海道帝大の中谷さんの随筆にそんなことが書いてあったと思いますが」
「中谷君は実に熱心でね、旅行中も矢立と画帖を離さずに持っています。私は主として中谷君の画に俳句の賛をする役割に廻っていますが、時々はすすめられて、花などを写生します」
 ところで問題は、この矢立と画帖にある。結論をいえば、これは本当の話ではない。しかし類似した種はあるので、私はいつでも墨だけは持って歩いている。嘉慶の青墨で、大して古いものではないが、この程度が丁度手頃なのである。いつか何処かで、小宮さんと一緒だった時に、不意に画帖をつきつけられたことがある。その時私が一寸失礼といって、手鞄からこの墨をとり出したら、小宮さんから「身嗜みがよいね」と褒められたことがある。一時面倒臭くなって、「これからは僕も、あまり墨や紙には拘泥しないことにしよう」といったら、吉田(洋一)さんが、「いや墨と紙には拘泥した方がいいね」と忠告してくれた。それで思い直して、ずっと墨だけは、いつでも身辺を離さないことにしている。
 墨に凝るというと、よほど審美感の発達した大通人のように思うのは、大いに間違っている。中国の昔の青墨、即ち松煙墨は、淡くしてみると、非常に美しい色になる。青みがかった透明な鼠色をしている。アクアマリンという水色の宝石があるが、あれを夕闇の窓で見たような色である。現代の日本の墨は、油煙墨であって、淡くすると、汚い濁った茶色を帯びる。小学校の子供に見せても、すぐわかるちがいで、何も通がっていう話ではない。もっとも中国の古…

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