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霧を消す話
きりをけすはなし
作品ID59191
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第二巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年8月20日
初出「思想」1945(昭和20)年10月
入力者砂場清隆
校正者岡村和彦
公開 / 更新2021-01-15 / 2021-01-16
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 六月二十九日の同盟通信海外電報版によると、英国では一昨年の冬の初めから、飛行場の霧を消すことに成功し、それを実戦に使っていたそうである。
 この電報は、六月一日の「ニュース・クロニクル」紙の記事を転載したものである。新聞記事のことであるから、何処まで確かかはわからないが、その内容を読んでみると、かなり精確らしく思われる。少なくもあの報道のとおりに実行すれば、科学的に見て、英国の冬の濃霧も充分消えるであろうと言うことが出来る。
 この霧を消すという「英国独特の発明」によって、対独戦を二カ年早く切り上げることが出来たと英紙は言っている。この方は勿論誇張であろうが、或る程度もっともと思われる節もある。というのは、米英軍が昨年の夏ノルマンディーに上陸してから、独軍は枢軸側の期待を裏切って、案外簡単に独仏国境近くまで後退してしまった。独軍が最も得意とする機動作戦への転攻がなかなか現われない。ところが十二月になって、この転攻がルントシュテット攻勢となって出て来たのである。
 海岸線からの後退以後、地勢的にみればその機会がたびたびあったはずであるが、この時まで待ったのは、気象的の条件を考慮に入れたものと解釈することが出来る。米英軍が大陸にまだ充分な飛行機の根拠地を得ていなかったので、主な航空作戦は英本土の飛行場に基地を求めるより仕方がない状態であった。ところが倫敦霧で有名なように、英本土南方地域は、冬期間濃霧に蔽われることが非常に多い。濃霧中の盲目離着陸も現代の発達した航空術では不可能ではないが、速成大量教育の航空兵を沢山使って、大規模な航空作戦を濃霧中で行うことは出来ない。「英国の攻勢が進展するにつれ、濃霧の事故から生ずるわが爆撃機の犠牲がいよいよ増大した。英国の飛行場上空の霧はドイツ領上空の高射砲よりも恐るべき脅威となった」
 その時機をつかんで、ルントシュテット攻勢が電撃的に開始された。ドイツ側の報道によると、米英軍は木の葉の如く追われ、数個師団が殲滅された。第二戦線の完全成功を誇っていた米英軍は、再び欧州大陸から追い落されるかもしれない危機に立った。
 ところがこのルントシュテット攻勢は花火の如くにして終ってしまった。旬日にして米英軍は再び立ち直って、ドイツ国境に矛を向けて迫った。北海の濃霧の底に沈んでいたはずの英国の飛行場から、爆撃機の大軍が次ぎから次ぎと飛び出して来て、ドイツ攻撃軍の補給線を断ち切ったからである。「連合軍のドイツ補給線に対する戦略爆撃がわが攻勢を挫折せしめた」とフォン・ルントシュテットは嘆じた。英国のミッドルセックス州に新設されたヒース・ロウの飛行場を初め、灸所々々の飛行場に、霧の人工消散装置FIDOが施置され、それが実戦的に役に立つまでに到っていたことが、不幸にしてドイツ軍に充分よく知られていなかったのであろう。英空軍先導機隊司令官ベネット…

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