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捨てる文化
すてるぶんか
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第二巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年8月20日
入力者砂場清隆
校正者岡村和彦
公開 / 更新2020-06-12 / 2020-05-27
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

一 清潔・整頓・能率

 日露戦争のとき、東北の田舎の一農夫でロシア側の捕虜になった男があった。本国に護送され、欧州各国を次ぎ次ぎと送られて、数年がかりで、やっと日本へ送還された。
 当時の東北の一寒村で、欧州各国の現状を、数年がかりで見て来た男といえば、非常に珍しかったにちがいない。それでいろいろな連中が、その男のところへ話をききに行った。しかしその男から得られた知識というのは、「えらいもので、立派な大きい町があって、人間がいっぱいいた。次ぎの町へ行っても、立派な町で、えらい繁華なものだった。港はまたとても立派で、人間が大勢いた」というだけであった、という話を最近きいて、思わず苦笑した。
 われわれのアメリカ見聞記というものもそれに類した点が、大いにあることであろう。この流儀で、アメリカ生活の便利さを鼓吹され、生活の改善などを唱えられたら、一番迷惑するのは国民である。現に北海道全土から、地方の有識夫人たちを札幌に集めて、真空掃除器の話をしたという噂をきいたこともある。案外なことが、実際に行われているものだと、大いに感心した。
 現在アメリカ生活の特徴は、清潔、整頓、能率の三語につきる。そしてその基調は、物を捨てる点にあるように、私には思われる。このアメリカの文化の基調にあるものは、「捨てる文化」である。だからこれを日本へ適用することは、なかなかむつかしい。

二 捨てる文化

 前に『花水木』の中の「アメリカの婦人生活」で、アメリカの家庭における台所のことを一寸書いたことがある。少し二重になるところもあるが、話の順序として今一度説明をしよう。
 台所の正面には、真白なタイルの大きい流しがあり、その横には、焜爐が四つくらい並んだ黒いガス台がある。一方の壁には、白エナメルのぴかぴかした大きい電気冷蔵庫が立っていて、それと並んだガラス張りの食器棚には、皿とコップがきちんと積み重ねてある。白ペンキ塗りの戸棚が、別の壁に沿って作りつけになっていて、その中には貯蔵食料品がいっぱいはいっている。台所といっても、外に出ているものは、何も無いので、清潔と整頓の標本みたようになっている。
 しかし、こういうふうに台所をいつも綺麗にしておけるのは、いらない物をどんどん捨てるからである。街で買物をすると、小包用の渋紙みたいな立派な紙で包み、純綿の細い丈夫な真白い紐で、十重二十重にしばってくれる。アメリカ人は無器用だから、むやみとたくさん紐を使う。マッチの軸木よりも一寸細い紐であるが、大人が力いっぱい引っぱっても切れないくらい上等な紐である。この包みを開く時に、紐をほどいたりはしない。鋏でぶつぶつと切って、包紙ごとまるめて棄ててしまう。
 食料品にはガラスの罎詰が多いが、この空罎も、どんどん捨てる。広口の角罎で金属のねじ蓋がついたものが多く、一つ拾って日本へ持って帰ったら、どんなに…

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