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千年の時差
せんねんのじさ
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第二巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年8月20日
入力者砂場清隆
校正者岡村和彦
公開 / 更新2020-11-14 / 2020-10-28
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 人間のものの考え方はもちろんのこと、感じ方さえも、時代と環境とによって、ずいぶんひどくちがうものだということを、この頃しみじみと感ずるようになった。いわばこの齢になって、やっとものごころがついたわけである。
 コペルニクス以前の人間のものの考え方は、現代人には、到底理解されないという意味の、有名な言葉があるそうである。こんなことをいい出すのは、実は大分以前から、妙な道楽が一つあるからである。それは柄にもない話であるが、古代文化に関する雑書の濫読という道楽である。弟が考古学をやっていたので、その影響を受けたのかもしれないし、或いは兄弟ともに、何かそういう血筋をひいているのかもしれない。
 われわれの遠い祖先は、今日とは質的に乖離した文化の中で、現代人からは全くかけ離れた意識をもって生きていた。そういう遙かなる悠久の昔の夢を心に描いてみることは、何という理由なしに、ただたのしいものである。それは日本だけに限った話ではない。殷墟の甲骨文字の研究も、シェバの女王の生い立ちを伝える楔形文字の土板も、『暁の女王と幻の王の物語』も、ただその題目を見るだけで、もう充分たのしいのである。
 どうせ原著は読めないのであるから、専門の学者たちの解説か、随筆くらいを通じて、いろいろと自己流の夢を描いてみて、それで結構満足している。一番いいのは、遺物の写真や、発掘品の絵の原色版をながめることである。紀元二千六百年記念に、審美書院から出された『西域画聚成』など、こういう目的には、まことによく適ったものである。トルキスタンの死の荒野に、千年以上も埋れていた絵が、まるで昨日描かれたように、鮮かな色彩をのこしている。降魔図の中などに出てくる、もろもろの妖怪変化にも、何か生命があるような気がする。少なくもこれを描いた人々の頭の中では、こういう姿のものが実在していたのであろう。
 そういう時代の人間を、その生きた姿で描いたような小説があれば、それが一番読みたいのであるが、滅多にそんなものには出遭わない。この頃大分評判になった『エジプト人』なども早速読んでみたが、ちっとも面白くなかった。もっともエジプト学の現在の知識を紹介するという意味では、いろいろ詳しい記述があるので、読んで損をしたとは思わないが、小説としては、ひどく低級なものであった。それでなければ、世界中に何十万部と売れるはずもない。背景と事実は古代エジプトであるが、中に動いている人間は現代人である。この本と限らず、たいていのこの種の小説は、いわば大人の描いた子供の絵のようなものである。
 もっともカントの理性批判の洗礼を受けた現代人が、理性と感性との分離もまだ出来ていなかった古代人の心理を、文章の形で如実に描き出すことは、まず不可能に近い難事である。或いは原則的に不可能なことなのかもしれない。しいて求めるとしたら、それは詩の表現に近い形…

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