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八月三日の夢
はちがつみっかのゆめ
作品ID59201
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第二巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年8月20日
入力者砂場清隆
校正者岡村和彦
公開 / 更新2019-08-03 / 2019-07-30
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この頃反故を整理していたら、報告の下書の束が出て来た。終戦直後に、研究室の机の上にあったそういう種類の紙類を、一括して戸棚の奥に放り込んでおいたものである。
 戦争中は、一日一日を追いかけられるような気持で、いろいろな問題を乱雑にやり散らして来た。今少し落着いた気持で、その頃書いた報告の草稿を出してみると、悪夢にうなされていたような当時の切羽つまった気持が、草稿の字の崩れや文章の末々の乱れなどに見られて、今さらのように感慨深いものがあった。
 埃を払いながら、うず堆く積み上げられたそれ等の草稿を片付けているうちに、珍しいものが出て来た。それはフルスカップの余白に「八月三日朝の夢」と記した走り書である。なるほど確かにそういう夢を見たことがあった。僅か六カ月前のことであるが、何だか遠い昔の夢のような気がする。輪郭がすっかり薄れて、色あせた絵のような姿として思い出されるのも、あわただしかったこの半年の国の動きのせいであろう。

オランダの旧い大学
日本ではあまり知らない
磁場の変化で光を出す
生体磁気発光現象
薄暗い階段教室

 という書き出しで、細々と夢の筋が書いてある。今思い出しても、近年にない珍しい夢で、しかも相当長い筋の込んだ夢であった。
 八月三日といえば、アメリカ側では、サイパンで人類最初の原子爆弾の試用準備に熱中していた時であろう。北海道にも、頻々たる空襲があって、私は大半研究室のベッドの上で、北国の短い夜を過していた頃のことである。

 薄暗い階段教室で、大勢の学生が講義をきいている。教授か学生か、誰かわからないが、針金の先に太いところがありその端が尖っている、それをくるくる廻している。一廻りする間に、二回ずつそれが光る。暗い教室の中で、それがピカリピカリと光るのが印象的である。なるほど南北を向くたびに、地球磁気を感ずるのだなと、一人で合点する。
 次ぎ次ぎとそれを手渡して来る。学生は皆若い青年の顔で、どれも外国人である。少し旧い型で、中世向きの顔である。大写しの横顔が、レンブラントの絵のように、暗い中に鼻筋の通ったプロフィルだけが、薄明るく浮き上がっている。同じような顔が二つ重なっている。
 教授の姿は見えない。しかし大きい黒板があって、数式が小さい字でいっぱい書いてある。黒板は綺麗に拭われて、真黒である。その上にチョークで書いた字が真白にいっぱいつまっている。それを消して、新しく数式を全部「いろは」でやる。
 直角三角形の各辺を「を」「え」「と」と決めて、一辺の二乗を他の辺の二乗の和に等しいと置く。黒板の上に

ええ おお にに はは とと ……
おお ええ はは ……

というような式が書かれる。それを全部消すと、アーク燈で照らして磁場の変化にあてると、光を出すという結果になる。
 これが磁場の変化で光を出すという動物磁気による発光の理論的…

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