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風土と伝統
ふうどとでんとう
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第二巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年8月20日
入力者砂場清隆
校正者岡村和彦
公開 / 更新2020-11-14 / 2020-10-28
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 この頃、伝統という言葉がちょいちょい使われるようになった。一時の極端な左傾から、今度は右の方へ揺れが戻って来て、日本の国の古来の伝統を尊重しなければならないというようなことが、よくいわれる。
 そういう単純な復古主義ではないが、私は、一つの民族が持っている伝統というものは、案外根強いものでこれは急には無くならないものと思っている。伝統を破らなければならないなどとよくいわれるが、思想的の場合、即ち無形のものの場合にのみそういうふうに簡単にものがいえるのである。実際の生活に直接結びついていることでは、昔からの伝統というものは、なかなか破れないものである。その理由は一寸気のつかないところに、生活と強く結びついた実在のものがあるからである。
 こういうことを言っても、抽象的な話であって、何のことかよくわからないであろう。それで一つ食生活のことを例にとって、日本料理という一つの伝統について考えてみよう。もちろん、この文章では日本料理の栄養価値などという問題には全然ふれない。御馳走という観点から、日本料理のことを考えてみる。御馳走という観念はどんな未開人でも持っているもので、それが人間の生活に強く結びついた観念であることには、誰も異論がないであろう。この「御馳走」の内容について少し考えてみると、それが如何に伝統に強く支配されているかがすぐわかるのである。



 例えば、日本では鰻といえば、まず第一等の御馳走である。ところが欧米の諸国では、鰻が最下等の食物とされている。鰻以下のものといえば章魚くらいのもので、これは悪魔の魚といって、犬も食わないものになっている。この点既に日本とは大分変っているが、それよりも鰻の方がもっとわかりよい。鰻は人間も食べるが、しかし最下級の貧乏人の食うものになっている。
 それについては、私が実際に経験をしたので、少なくも英国やフランスではそうである。もう二十年以上昔の話になるが、ロンドンに留学をしていた頃、巧い手蔓があって、オーチス・エレベーター会社の技師長の家においてもらっていた。そこの夫人はフランス人で、料理自慢の人であった。またじっさいに自慢に値する料理の上手な夫人であった。
 毎日いろいろ変った御馳走をしてくれ、それが皆美味いので、大いに喜んでいた。ところが、或る日「日本では何が一番御馳走か、好きなものがあったらいいなさい。作ってあげるから」と親切に言ってくれた。それで、私は「ここの家の御料理は皆とても美味いから、何も日本の料理を食べたいとは思わない。しかし日本で一番の御馳走は何かときかれれば、まあ鰻くらいなものでしょう」と言った。
 そしたらその夫人が、大変大袈裟な身振りをして、びっくり仰天してみせた。そして「まあ、日本では鰻が一番の御馳走なんですか。こちらにもあれは、場末の市場へ行けば、あることはあるが、よほど貧乏人でな…

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