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露伴先生と科学
ろはんせんせいとかがく
作品ID59209
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆選集第二巻」 朝日新聞社
1966(昭和41)年8月20日
入力者砂場清隆
校正者岡村和彦
公開 / 更新2019-07-23 / 2019-06-28
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私は露伴先生のものは少ししか読んでいないし、お目にかかったのも、三、四回くらいのものである。それで先生についてはあまり書く資格もなく、また材料も持ち合わせていない。しかし露伴先生のことは小林勇君を通じて、この近年よくきいていたし、上京して武見国手に会うごとに、先生の容態のことが一度は話題に上ったので、晩年の先生の風貌に親しい接触があったような錯覚に陥ることもあった。そういう機縁で、この小文を書きかけたのであるが、材料は大部分小林君から得たものである。また直接先生にお目にかかっていろいろ話をきいた時も、いつでも小林君につれて行かれたわけである。
『幻談』以前の昔の露伴ものを時々読んでいた頃は、露伴という名前は、既に歴史的の人物として私の頭の中にあった。それが同時代人として初めて感ぜられたのは、寺田先生の晩年における、露伴、寅彦のつらなりからである。小林君はこの両先生のいずれからも、深く愛されていたので、両先生の年老いてからはじまったこの交遊には、小林君というものがその仲立ちにあったのであろう。
 寺田先生はもちろん露伴を尊敬しておられたが、露伴先生の方も寅彦を愛敬しておられたようである。『思想』の『寺田寅彦追悼号』にある『寺田君をしのぶ』という露伴道人の文章には、寺田先生の「粋然たる風格」や「洽然として自ら好しとする」交遊ぶりに対する愛敬の情がのべられている。しかし露伴先生がそれよりもさらに愛敬されたのは寅彦の学問であって、「君に篳篥、笳の談をし、君から音波と物質分子位置の変化との関係をきく」ような静かな清談を楽しみとされたようである。
 露伴先生が科学に興味をもっておられたのは、まだ若い時代からのことであったそうである。知らない世界へのあこがれ、新しい知識に対する情熱は、露伴の生涯を通じて変らないところであった。「七十を越した老人で、あのように小児のように、新しい事に溌剌たる興味をもつということが既に驚異だ」と小林君は書いている。したがって自分の専門の方面の学者と話をすることには、あまり興味がなく、科学者と会って新しい知識の話をきくのを大いに楽しみとされていたようである。
 寺田先生の随筆の中に『鐘に釁る』という一文がある。冒頭に「この事に就いて幸田露伴博士の教を乞うたが」とあるとおり、こういう話などが両先生の清談の中に出て来る話題の一例である。鐘に釁るというのは、昔支那で鐘を鋳た時に、これに牛や羊の血を塗ったという言い伝えがあるが、その伝説に興味をもって、露伴先生の意見を求められたのである。『寺田君をしのぶ』によると、その問題は「卒然として答えるにはあまりに多岐多端なことであるから、大要を語った後に、数日を費して自分は自分の方の分内でそれに関することを記しつけ」それを寺田先生に渡されたそうである。その調べによると、これは鐘を鋳る時に、犠牲の血をもって祭典…

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