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「寺田寅彦の追想」後書
「てらだとらひこのついそう」あとがき
作品ID59217
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦 わが師の追想」 講談社学術文庫、講談社
2014(平成26)年11月10日
入力者砂場清隆
校正者津村田悟
公開 / 更新2022-12-31 / 2022-11-28
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 巻頭の一文でちょっと触れたように、我が国の現状は、寺田寅彦の再認識を必要とする時期に到達しているように思われる。
 尾崎行雄氏が、われわれは自由を獲た。しかしそれは最も悲しむべき状態に於てそれを獲たというような意味のことを言われた。それと同じ意味で、私たちの祖国は、今寺田物理学を再認識しなければならない悲しむべき境遇にある、と少なくもこの頃私はそう思うようになった。
 それで何かそういう口火になるようなものを書きたいと思ったのであるが、正式にそれをするには、まず英文三千頁に余る先生の論文集をよく読んで、それを祖述する必要がある。しかし先生の論文は、実験物理学の各部門、地球物理学、気象学、海洋学とあらゆる分野に亘っていて、しかも英文の論文が計二百十一篇、邦文のものが計五十八篇という量である。現在の私の職務の傍らの仕事としては、その全部を詳しく解説することは不可能である。
 それでは一通り上面だけを読んで、とりあえずの説明をすることも考えられるが、それは私にはどうも気が進まない。先生の論文は、全集刊行以来既に八年を過ぎているが、我が国の学界では、その反響がほとんどないと言ってよい。しかし例えば本書に入れた『墨流しの物理的研究』の如きも、適当な解説さえすれば、その価値は誰にも分かるのであって、現にこの一文は、北京図書館の機関雑誌『館刊』に漢訳されて載っている。それで先生の全論文を、私は余り便宜主義で取り扱いたくはないので、出来ればちゃんとした形で解説をしたいと思っている。
 しかしそれを完了するには、どうしても三年や五年の年月は要るであろう。それでさし当たりの問題としては、断片的に先生の人間の片鱗を手当たり次第に描いて、そういう文章を沢山集めて、漠然とした形ながら、科学と文学との融合した形に於ける先生の全貌を伝える試みが残されているばかりである。今までに先生のことを書いた文章は、主として『冬の華』に纏めておいたが、その後書いたものは、方々に散らばっている。この際それらを纏めて一冊にしておいた方が、私にも便宜であり、一部の読者にも何らかの意味で役に立つこともあろう。そういう意味で、蒸し返しのようではあるが、この書を世に送る次第である。
『寺田寅彦の追想』は、今度新しく書いたものである。『物理学序説の後書』は、岩波書店で、最近に先生の『物理学序説』を単行本として出すに際して、その解説のつもりで書いたものである。この『序説』は、私には先生の沢山の著述の中でも特に価値の高いものと思われるのであるが、従来は全集におさめられただけで、一般読者には読む機会の少なかったものである。
 そのほか『実験室の思い出』は『第三冬の華』に載せた文章の一部を削り、ちょっと筆を入れたものであり『札幌に於ける寺田先生』は『樹氷の世界』から転載したものである。その他の十二篇、即ち本書の大部分を占…

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