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墨流しの物理的研究
すみながしのぶつりてきけんきゅう
作品ID59219
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦 わが師の追想」 講談社学術文庫、講談社
2014(平成26)年11月10日
初出「畫説」東京美術研究所、1937(昭和12)年10月
入力者砂場清隆
校正者津村田悟
公開 / 更新2022-09-21 / 2022-08-27
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 寺田寅彦先生は晩年理化学研究所で、墨流しの研究に着手された。その研究の進行につれて、東洋に於て古代から使われている墨は、膠質学(1)上より見ても、非常に複雑で興味深い問題であることが分かり、この研究は「墨汁の膠質的研究」となって、先生の逝去の直前まで数年間続けられていた。その結果の前半は、既に理研欧文報告第二十三巻及び二十七巻にそれぞれ、
 Experimental studies on Colloid nature of Chinese black ink. Part[#挿絵]and[#挿絵].
 として発表され、またその続きは帝国学士院記事第十一巻に、
 Cataphoresis of Chinese ink in water containing deuterium oxide.
 として発表されている。学士院の方は重水(2)で墨を磨った時の性質を調べられたものである。その後の研究は、講演会で発表されただけで、材料は揃っているが、論文としてまとめられてはいない。この小論では、以上三つの既刊の論文の中から、墨流しに関係する部分を紹介することにする。
 墨は周知の如く、支那から輸入されたもので、我が国に入ったのは、日本書紀によると、推古天皇の時代である。その後我が国に於ても墨が製造され始め、延喜式に既にその製法が出ているくらいである。製法の詳しい記述等は『古梅園墨談』などに譲り、以下この物理的研究に必要な点だけを述べる。この研究に使用された墨は、市販の紅花墨で、この種の油煙墨は、桐油か菜種油を燃した煤を、膠の濃厚溶液でねって型に入れて、初めは灰の中で乾かし、後空中に放置して十分乾燥させたものである。墨を硯で磨って得た墨汁は膠質液となり、そのまま放置しても墨の粒子はなかなか沈澱しない。但し水の中に電解質(3)が溶け込んでいる場合とか、膠が腐敗している場合には、墨の粒子は沈んで所謂上澄みの水が出来る。
 普通の炭素粒は水に混じても膠質液とならず、従って暫く置けば、炭素粒だけ下に沈澱してしまう。ところが少量の膠が入ると膠質液となるのは、この際膠が極めて薄い膜となって、炭素粒子をつつんでいる為と思われる。このようなものを保護膠質というのである。膠は炭素に対して強い吸着力を有しているもので、硝子板に煤の粉を盛り上げ、その片隅に膠液を一滴落としてやると、煤の粉の山は見る見る膠滴の中に吸い込まれて、一様な溶液となってしまうことからも、この強さが分かる。水滴では全くこのような現象は起こらない。
 炭素粒の懸浮液(4)を作る方法は、欧洲の学者によって十分研究され、色々の方法が知られている。スプリング氏は、炭素粒に附着しているごく微量の油脂類、例えば手から出る脂のようなものを完全に取り去れば、即ち極端に清浄にした炭素粒ならば、水中に懸浮状態となって止まるということを発見した…

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