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墨並びに硯の物理学的研究
すみならびにすずりのぶつりがくてきけんきゅう
作品ID59220
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦 わが師の追想」 講談社学術文庫、講談社
2014(平成26)年11月10日
初出「畫説」東京美術研究所、1938(昭和13)年1月
入力者砂場清隆
校正者津村田悟
公開 / 更新2022-09-30 / 2022-08-27
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 前文に於て墨流しの現象の物理学的研究を紹介した。その研究では墨を磨る時の水の成分のことは詳しく調べてあったが、用いた硯は普通市販の一定の硯に限られていた。それで寺田先生は次に、色々の墨を色々の硯で磨った時に、墨汁の膠質的性質が如何に変わるかという問題にとりかかられたのである。
 墨汁の色々の性質特に墨色などが、墨の良否によるばかりでなく、硯の種類によっても著しく左右されるということは、画家及び書家の間では常識となっている。古来名硯と称せられるものの色々の特性については、伝説的な説明が沢山ついているが、それらの主張は主として古代の支那文献から伝わったものである。例えば良い硯で墨を磨ると、ちょうど熱した銅の上で蝋を磨るような手触りであるというような説明がある。従来の大抵の記載はこの種の主観的なものが多いのであるが、この実験で墨と硯との間の摩擦係数、墨のおり方、粒子の大きさなどを調べて見ると、墨汁の物理的性質は硯によってもまた著しく異なるということが、客観的に実証されたのであった。

墨を磨る装置

 墨と硯との関係を定量的に決めるには、第一に磨り方を一定にする必要がある。一定の墨を甲乙二つの硯で磨って得た墨汁を比較する時、磨り方が異なっていたら何もいうことは出来ない。それで、墨の底面が一定の圧力で、垂直に硯の面に圧しつけられながら、決まった距離を決まった週期で、反覆的に動くような装置を作る必要がある。第一図はその目的の為に作られた装置である。
[#挿絵]
第一図

 図中Vが硯で、Sが墨である。Hは墨をはさむ筒で、それがKなる外側の鞘の中を垂直に上下するようになっている。Wは重量である。KとHとの間の辷りをよくして置くと、墨の硯に対する圧力はWで決まる。Mがモーターで、プレーPとクランクCとを用いると、墨を一定速度で一定距離磨らすことが出来る。この実験ではWは1.36瓩のものを用い、往復運動は一分間に百回の割合で、硯上を墨が動く距離を五糎とした。この装置では硯の海だけに水を入れて置いて、時々墨がその中から水をとって来て磨るというわけには行かない。それで硯の縁まで一杯に蒸溜水を入れて、水の中で磨ることとした。墨色などをやかましく論ずる時には、この磨り方ではよくないという議論も出るかもしれないが、今の実験ではその点には触れないこととする。実際に人間の手で墨を磨るのと全く同じ機構を、機械的にやらすにはなかなか面倒な装置が要るのである。
 この実験では、以上の装置で三十分間磨らせて、その墨汁の色々の物理的性質を調べることとした。三十分で墨は硯の上を総計三百米動いたこととなる。

使用した墨と硯との種類

 墨も硯も特殊のものは用いず、普通に手に入るものについて調べた。墨は四種類で、その大きさ、密度などは第一表に示す如くである。墨の組成は同じ種類のものでも、一本一本につ…

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