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猫と庄造と二人のをんな
ねことしょうぞうとふたりのおんな |
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作品ID | 59300 |
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著者 | 谷崎 潤一郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「猫と庄造と二人のをんな」 中公文庫、中央公論新社 2013(平成25)年7月25日 |
初出 | 「改造 新年号 第十八巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>「改造 七月特大号 第十八巻第七号」1936(昭和11)年7月1日 |
入力者 | 砂場清隆 |
校正者 | 悠悠自炊 |
公開 / 更新 | 2020-01-02 / 2019-12-27 |
長さの目安 | 約 139 ページ(500字/頁で計算) |
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福子さんどうぞゆるして下さい此の手紙雪ちやんの名借りましたけどほんたうは雪ちやんではありません、さう云ふたら無論貴女は私が誰だかお分りになつたでせうね、いえ/\貴女は此の手紙の封切つて開けたしゆん間「扨はあの女か」ともうちやんと気がおつきになるでせう、そしてきつと腹立てゝ、まあ失礼な、………友達の名前無断で使つて、私に手紙よこすとは何と云ふ厚かましい人と、お思ひになるでせう、でも福子さん察して下さいな、もしも私が封筒の裏へ自分の本名書いたらきつとあの人が見つけて、中途で横取りしてしまふことよう分つてるのですもの、是非共あなたに読んで頂かう思ふたらかうするより外ないのですもの、けれど安心して下さいませ、私決して貴女に恨み云ふたり泣き言聞かしたりするつもりではないのです。そりや、本気で云ふたら此の手紙の十倍も二十倍もの長い手紙書いたかて足りない位に思ひますけど、今更そんなこと云ふても何にもなりわしませんものねえ。オホヽヽヽヽヽ、私も苦労しましたお蔭で大変強くなりましたのよ、さういつも/\泣いてばかりゐませんのよ、泣きたいことや口惜しいことたんと/\ありますけど、もう/\考へないことにして、できるだけ朗かに暮らす決心しましたの。ほんたうに、人間の運命云ふものいつ誰がどうなるか神様より外知る者はありませんのに、他人の幸福を羨んだり憎んだりするなんて馬鹿げてますわねえ。
私がなんぼ無教育な女でも直接貴女に手紙上げたら失礼なことぐらゐ心得てますのよ、それかて此の事は塚本さんからたび/\云ふて貰ひましたけど、あの人どうしても聞き入れてくれませんので、今は貴女にお願ひするより手段ないやうになりましたの。でもかう云ふたら何やたいそうむづかしいお願ひするやうに聞えますけど、決して/\そんな面倒なことではありません。私あなたの家庭から唯一つだけ頂きたいものがあるのです。と云ふたからとて、勿論貴女のあの人を返せと云ふのではありません。実はもつと/\下らないもの、つまらないもの、………リヽーちやんがほしいのです。塚本さんの話では、あの人はリヽーなんぞくれてやつてもよいのだけれど、福子さんが離すのいやゝ云ふてなさると云ふのです、ねえ福子さん、それ本当でせうか? たつた一つの私の望み、貴女が邪魔してらつしやるのでせうか。福子さんどうぞ考へて下さい私は自分の命よりも大切な人を、………いゝえ、そればかりか、あの人と作つてゐた楽しい家庭のすべてのものを、残らず貴女にお譲りしたのです。茶碗のかけ一つも持ち出した物はなく、輿入の時に持つて行つた自分の荷物さへ満足に返しては貰ひません。でも、悲しい思ひ出の種になるやうなものない方がよいかも知れませんけれど、せめてリヽーちやん譲つて下すつてもよくはありません? 私は外に何も無理なこと申しません、蹈…