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谷崎潤一郎氏の作品
たにざきじゅんいちろうしのさくひん
作品ID59302
著者永井 荷風
文字遣い新字旧仮名
底本 「明治の文学 第25巻 永井荷風・谷崎潤一郎」 筑摩書房
2001(平成13)年11月20日
初出「三田文学」1911(明治44)年11月1日
入力者きりんの手紙
校正者noriko saito
公開 / 更新2021-07-30 / 2021-06-28
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 明治現代の文壇に於て今日まで誰一人手を下す事の出来なかつた、或は手を下さうともしなかつた芸術の一方面を開拓した成功者は谷崎潤一郎氏である。語を代へて云へば谷崎潤一郎氏は現代の群作家が誰一人持つてゐない特種の素質と技能とを完全に具備してゐる作家なのである。
 自分は氏の作品を論評する光栄を担ふに当つて、今日までに発表された氏の作品中殊に注目すべきものを列記して置かう。それは廃刊した新思潮第二号所載の脚本『象』。同誌第三号所載小説『刺青』。同第四号所載小説『麒麟』。スバル第三年第八号所載小説『少年』。同第九号所載小説『幇間』。等である。然し谷崎氏は今正に盛んなる創作的感興を触れつゝある最中なので、更に更に吾人を驚倒すべき作品を続々公表されるに相違ない。けれども既に発表された前述の作品だけについて見るも、当代稀有の作家たることを知るに充分である。
 脚本『象』は享保年間に於ける日枝神社祭礼の行列と路傍の群集とによつて江戸時代の空気を現さうとしたもので、寧ろ脚本の形式を採用した一場のスケツチとも[#「スケツチとも」はママ]見るべきものであらう。又小説『刺青』は江戸の刺青師清吉が刺青に対する狂的なる芸術的感興を中心にした逸話で、自分の見る処この一作は氏の作品中第一の傑作である。
 これ等の二小篇を見ても、谷崎氏の芸術は已に明治文壇の如何なる先輩の感化をも蒙つてゐず、また其の折々に文壇一般が唱道する芸術的法則や主張の影響をも受けず、全く氏自身の深い内的生命の神秘なる衝動から産れ来つたものである事が分る。氏の作品に対する上田先生の評語を借りて云へば作家の感激の背面には過去の『文明』が横つてゐるのである。其故に『象』に於ても『刺青』に於ても、谷崎氏は過去の時代を再現するに、歴史的考究の結果を披※[#「てへん+櫪のつくり」、U+650A、428-上-2]して、外部生活の形式から過去の時代を描写して行くやうな、旧式の方法を取る必要が少しもない。もし氏の作品中に歴史的考究があつたとすれば其れは文辞的形容の装飾に類するものに過ぎない。氏は常に驚くべき簡明なる文章を以て、直接に江戸の魂を掴んで此れを読者の為めに指し示すのである。
 脚本『象』に於いて見るに、次ぎのやうな簡単なる会話が如何によく、其の人物と生活と時代とを髣髴たらしめるであらう。
職人体の男二。「その筈だなあ。皆御神輿よりも象の花車を挽く所を見やうてんだ。」
職人体の男一。「ちよいと半蔵御門の方を見ねえ。まるで黒山のやうだぜ。」
 短篇小説『刺青』に於ては其の書出しの一章を見るがよい。
其れはまだ人々が「愚」と云ふ尊い徳を持つて居て、世の中が今のやうに激しく軌み合はない時分であつた。殿様や若旦那の長閑な顔が曇らぬやうに、御殿女中や華魁の笑の種が尽きぬやうにと、饒舌を売るお茶坊主だの幇間だのと云ふ職業が、立派に存在して行…

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