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青春物語
せいしゅんものがたり
作品ID59304
副題02 青春物語
02 せいしゅんものがたり
著者谷崎 潤一郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「谷崎潤一郎全集 第十六巻」 中央公論新社
2016(平成28)年8月10日
初出「中央公論 新秋特大号 第四十七年第十号」~「中央公論 三月号 第四十八年第三号」1932(昭和7)年9月1日~1933(昭和8)年3月1日
入力者きりんの手紙
校正者岡村和彦
公開 / 更新2021-10-30 / 2021-10-04
長さの目安約 147 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

大貫晶川、恒川陽一郎、並びに萬龍夫人のこと

十年たてば一と昔と云ふが、私が初めて文壇へ出てからもう彼れ此れ二十三四年になる。私も此れでまだ懐旧談などをする歳ではないんだが、近頃の「スバル」を読むと、我が中学の同窓である吉井勇君なども、しきりに青年時代のことを懐かしがつて書いてゐるやうだ。辰野隆君も矢張中学から一高、赤門を通じての古い友だちだが、「改造」だか「中央公論」だかへ出た同君の「スポーツ漫談」なるものを読むと、中学時代の私のことが一寸引き合ひに出されてゐる。同君は私のことを「秀才谷崎」と呼んだりしてゐるが、さう云ふ辰野君のあの時分の風貌を想ふと、まことに今昔の感に堪へない。何しろ辰野君と云つたら、当時貴公子の美少年共が校内に徒党を組んでゐた中の一人で、ハイカラで、快活で、スポーツ好きで、才気煥発ではあつたが、怠け者で、腕白で、成績はあまり芳しい方でなく、一高の入学試験に「石鹸の製法を記せ」と云ふ有機化学の問題が出た時、「石鹸はうどん粉を固めて作る」と云ふ答案を出した豪の者だつた。―――辰野は出鱈目に書いたのだが、事実安物の石鹸にはうどん粉を交ぜることが後で分つたのは大笑ひだつた。―――されば誰か此の人が他日仏文学の権威となることを予想しようぞ。夫子自身も最初は法科を志したくらゐだから、恐らく当時文学者として世に立たうなどゝは思つてもゐなかつたであらう。
八月号の「改造」に出た「妄人政談」に、彼が文学に転じたのは仏法科を卒業した以後のことのやうに書いてあるのは、その通りに違ひあるまい。それに比べると、大貫や、恒川や、私なぞは、中学時代から樗牛にかぶれて美的生活を論じたり、近松物や西鶴物をひねくり廻して恋愛を讃美したり、早くも失恋の悲しみだとか厭世哲学などを云々すると云ふ風だつたから、辰野の眼から見たら、定めし生意気にも、滑稽にも、変にひねツこびてませてゐるやうにも思へたであらう。実際辰野はしば/\私共を冷やかしたり交ぜつ返したりしたもので、彼の毒舌にはわれ/\文学党は孰れも恐れをなしてゐた。就中大貫などは最も彼に辟易してゐた。大貫は号を晶川と云ひ、本名を雪之助と云つたが、玉川在二子村の生れで、色の真黒な、手に白なまづのある、田舎者丸出しの風采だつたから、「大貫は雪之助ではない、雲之助だよ」と、辰野はそんな悪口を云つた。私なども満面にニキビが出来てゐたので、「谷崎は近頃ニキビ並びがよくなつたね」なんかと云はれた。が、何はともあれ、当時の私共、―――明治の末年に於ける文学青年や新進作家の生活振りは、今とは自ら様子の変つたところもあつて、想ひ出してみると中々面白い。実は一遍機会があつたら、忘れないうちにあの時分のことを書いて置かうと思つてゐたのだが、幸ひ「中央公論」から随筆の依頼を受けたので、炎暑の折柄、成るべく肩の凝らないやうな、そして一般の読者諸君にも興…

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