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年とったカシワの木のさいごの夢
としとったカシワのきのさいごのゆめ
作品ID59322
著者アンデルセン ハンス・クリスチャン
翻訳者矢崎 源九郎
文字遣い新字新仮名
底本 「マッチ売りの少女 (アンデルセン童話集Ⅲ)」 新潮文庫、新潮社
1967(昭和42)年12月10日
入力者チエコ
校正者木下聡
公開 / 更新2019-08-04 / 2019-07-30
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

(クリスマスのお話)

 ひろいひろい海にむかった、きゅうな海岸の上に、森があります。その森の中に、それはそれは年とった、一本のカシワの木が立っていました。年は、ちょうど、三百六十五になります。でも、こんなに長い年月も、この木にとっては、わたしたち人間の、三百六十五日ぐらいにしかあたりません。
 わたしたちは、昼のあいだは起きていて、夜になると眠ります。眠っているときに、夢を見ます。ところが、木は、ちがいます。木は、一年のうち、春と夏と秋のあいだは起きていて、冬になってはじめて、眠るのです。冬が、木の眠るときなのです。ですから、冬は、春・夏・秋という、長い長い昼のあとにくる、夜みたいなものです。
 夏の暑い日には、よく、カゲロウが、この木のこずえのまわりを、とびまわります。カゲロウは、いかにも楽しそうに、ふわふわダンスを踊ります。それから、この小さな生きものは、カシワの木の大きな、みずみずしい葉の上にとまって、ちょっと休みます。そういうときには、心から幸福を感じています。
 すると、カシワの木は、いつも、こう言いました。
「かわいそうなおちびさん。たった一日が、おまえにとっての一生とはねえ。なんとみじかい命だろう! まったくもって、悲しいことだなあ!」
「悲しいことですって?」と、そのたびに、カゲロウは言いました。「それは、どういうことなの? なにもかもが、こんなに、たとえようもないほど明るくて、暖かくて、美しいじゃありませんか。あたしは、とってもしあわせなのよ!」
「だが、たった一日だけ。それで、なにもかもが、おしまいじゃないか」
「おしまい?」と、カゲロウは言いました。「なにがおしまいなの? あなたも、おしまいになる?」
「いいや。わしは、おそらく、おまえの何千倍も生きるだろうよ。それに、わしの一日というのは、一年の、春・夏・秋・冬ぜんぶにあたるのだ。とても長くて、おまえには、かぞえることはできんだろうよ」
「そうね。だって、あなたのおっしゃることが、わかりませんもの。あなたは、あたしの、何千倍も、生きているんですのね。でも、あたしだって、一瞬間の何千倍も生きて、楽しく、しあわせに、くらしますわ。あなたが死ぬと、この世の美しいものは、みんな、なくなってしまいますの?」
「とんでもない」と、カシワの木は、答えました。「それは、長くつづくよ。わしなどが考えることもできんくらい、いつまでも、かぎりなくつづくのだよ」
「それなら、あなたの一生も、あたしたちの一生と、たいしてかわらないわ。ただ、かぞえかたが、ちがうだけですもの」
 こう言うとカゲロウは、また、空にはねあがって、ダンスをしました。カゲロウは、まるで、ビロードと、しゃでできているような、自分のうすい、きれいな羽を、うれしく思いました。暖かい空気の中で、心からよろこびました。
 あたりは、クローバの畑や…

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