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上海の絵本
シャンハイのえほん |
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作品ID | 59355 |
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著者 | 三岸 好太郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「感情と表現」 中央公論美術出版 1983(昭和58)年7月1日 |
初出 | 「セレクト 第一巻第八号」セレクト社、1930(昭和5)年8月 |
入力者 | かな とよみ |
校正者 | The Creative CAT |
公開 / 更新 | 2019-07-01 / 2019-06-30 |
長さの目安 | 約 7 ページ(500字/頁で計算) |
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霧に包まれた上海の街、十米も先はわからない様なモヤ、灰色の雲の中をフハリフハリと行く人、その時、街の心臓にパツト灯がつく、白いロココ風の馬車が二馬路の角を通る、白い馬車白い二頭の俊足を持つた馬、白いビロードの服をつけた馭者、乗つて居る人は老人と華かな飾りをつけた若い弱々しい、紫色の娘、彼氏はその時刻に二馬路から三馬路にかけて歩道を散歩して居れば必ずその白い馬車を必ず定つて見かけた。そうしてその白い馬車が彼氏の心の中で生活し生長した。でどうかしてその白い馬車を見かけない日、彼氏は一種の憂鬱と不安におそはれた。
○
ガーバードウヂヤウ。ひしめく群集
ブロンズの大きな鷲の影から真珠の玉ヒユー。
紫、黄、赤。光りをふくんだ奇麗な玉。
アメリカ独立祭。夜を徹しての花火。
○
マリー、ロード、から右に折れてすぐに灰色の高い塀を持つた邸宅がある、チヨロチヨロと上からたれ下つてゐる姫蔦、レデイハミルトンの細巻に火をつけて塀に添つてトボトボと歩く、一本が喫ひ尽くされた頃門前に出る、いつでも鉄の扉がしまつてゐる、厳格な感じにしまつてゐる、いつかその厳い門が開いた、パツト中から急に咲いた花の様に三人の娘が出てくる、赤、紫、黄、巧みなシヨウフアーによつて運転されるカデラツクの中に三人の娘は入る、車は音も無しに動き始める、華かさが急に消える。
○
アングロチエイニイズ、システムのゼスフイルド公園
ローングラスの上に静かに立つた水兵服の少女
ホツプの頭、黄色のハンカチーフが目立つ
ヂツト見たら逃げ出してしまつた。
○
朝ぽかりと目がさめる、あくびをして、手をのばしてそしてそれが彼氏のもう習慣になつてゐる仕事の一つとして、ドアの下から出てゐる申報をひろふ、先づ目を通すのは着船、エムプレスが入港してゐたら大変、顔と足を洗ひ急いで服をつける、あはてゝ飛び出す、彼氏の目指すところはウエセーモデー、立派なスタイルを持つたエムプレスの雄姿、明い太陽を受けて人々は動く。石炭、食料、エナメルの靴をはいて意気に頭をわけた顔の色の美しい支那ボーイが番号を大きな朗かな声で歌ふ。253、352
青いブルーズ、黄いズボン、黒い靴下、白い靴、そうして頭に赤いトルコの帽子、黒いピカピカ光る顔を桃色の唇で微笑ませ鼻歌を口づさみながら船の横腹にペンキのハケを動かす印度の少年見習水夫。ガラガラ、ガラ、起重機の力。彼氏はポケツトに手を入れたまゝ右往左往する。
ピンク色の人絹のワイシヤツ、紫色のネクタイ、繭紬のビヂヤマ、支那の商人が売れても売れなくとも一向自分には関係のない様な顔をして突立つてゐる。
やがて夕方にもなれば赤いヂヤンク船も帰つてくるであらう、そして彼氏は彼氏の空腹に始めて気づく。
○
かさを持つた月夜の晩二頭立ての黒い馬車が二つ城外…