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山家ものがたり
やまがものがたり |
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作品ID | 59380 |
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著者 | 島崎 藤村 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「藤村全集第十六卷」 筑摩書房 1967(昭和42)年11月30日 |
初出 | 「文學界 第十八號」1894(明治27)年6月30日 |
入力者 | 杉浦鳥見 |
校正者 | officeshema |
公開 / 更新 | 2021-08-22 / 2021-07-27 |
長さの目安 | 約 17 ページ(500字/頁で計算) |
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空に出でゝ星くずの明かにきらめくを眺むれば、おのれが心中にも少さき星のありて、心の闇を照すべしと思ふなり。涓々たる谷の小河の草の間を流れ行くを見れば、おのれが心中にも細き小河のありて、心の草を洗ふべしと思ふなり。哀壑に開落する花を見れば、おのれが心中にも時來つて開き時去つて落つべき花のあるべしと思ふなり。願はくは心中一點の星をして、思ふがまゝに其光を放たしめ、涓々たる心中の細流をして、流るべきの岸に流れ、洗ふべきの草を洗はしめ、ちいさき心中の花をして、おのづから開くべきの花を開かしめん。闇にひとしくとも心の空に飛びちがふ黒雲の多かりせば、いつか吹きはるゝ折もあるべきに、濁れりとも心の底に流れ湧く水の多かりせば、いつか澄みわたる折もあるべきに、かなしいかな悲夢いかづちの如くに飛んで心を襲ひ、いたづらにまぼろしの奴となるこそくちをしけれ、山は靜かにして性を養ひ、水は動いて情を慰むとかや、内に動き、外に亂れて、山水我を顧るのいとまなく、我亦山水を顧るのいとまなく、泣いてのけよ、笑つてのけよ、破つてのけよと思ふことも幾度か。風流とはこゝなり、忍耐とはこゝなり、人は人なり、我は我なり、あきらめられぬことまであきらめて、人を罵る百枚無用の舌、別にみづからを嘲る千枚の具とならざらんや、おのれ今日迄の願ひは是なりしも、かくては心の星明かにはきらめかじ、心の水長くは流れじ、心の花あざやかには開かじ。空の星と共にきらめき、水と共に流れ、花と共に開かんには、よろしく情を奮ふべし、性を起すべし、心動くときはいよ/\動き、神躍るときはいよ/\躍り、泣いてのけ、笑つてのけ、破つてのけんと、身にあるまじき願ひを起して、さすがにすゞしき風流の殼を荷はせたまひ山水の間にうかれし昔しの人もありながら、わが不風流なるかゝる無分別の殼を背負ひ、覺束なくも迷ひ入りしはみよしのゝ花の里なりけり。ちり易き櫻の花にて半年の暮しをたつるといふこの里のことなれば、むさくるしき農家にいたるまで、戸をはづし、疊をあらため、障子を張りかへ、何屋何屋と門行燈まで出して、なくもがなと思はるゝ古毛氈まで引きつめたるなど、反て鄙のけしきなるべし。これは/\とばかりなぐりつけられし貞室翁の風流もありがたく、一目千本の霞をくゞりぬけて、藏王權現仁王門前にいたるころは、早や花に醉ふたる心地。門を右に見て石崖の傍に腰掛二つばかり並べたる、わづかばかりの出茶屋あり。こゝに腰かけて、汲んで出す湯に浮く櫻の花漬の香もうれしく、これより西行菴までの道の程を尋ねたるに、まめ/\しき四十ばかりの内儀、これはこの出茶屋のあるじなるべし、襷をはづしながら、少くも五十丁はあるべしといふ、木樵か炭燒の外には、通ふものなしとさへ聞きつれば、かゝる時こそ道案内の要はあれと、旅になれて覺えしほどを茶盆の上に置き、案内一人頼みたしといへど、内儀押しとゞめて承…