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最愛の君
さいあいのきみ
作品ID59409
原題DEAREST
著者パイパー ヘンリー・ビーム
翻訳者The Creative CAT
文字遣い新字新仮名
入力者The Creative CAT
校正者
公開 / 更新2019-03-23 / 2019-11-22
長さの目安約 35 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 アシュレー・ハンプトン大佐(*1)は葉巻を噛んで己をリラックスさせようと努めた。その視線は徐々に部屋の中を横切っていき、高い書棚に並んだ本の背のモザイク模様の上でしばらく揺蕩い、カーペットの色褪せたパステルに散る陽の光を捉え、フランス窓の外に広がる秋の風景の柔和な色彩から、壁を飾るインディアンやフィリピン人やドイツ人の武器の戦利品へと移った。ここ「グレイロック」の図書室の中でなら、リラックスした風を装うのは容易かった。少なくともこれら馴染みの静物だけを見て、同じ部屋に屯している五人を無視できるのならば。何故かというと、そいつらが一人残らず敵だったからだ。
 甥のスティーヴン・ハンプトンは暖炉の前だ。こめかみに白いものが混ざっているものの、スポーツウェアを若々しく着て、若干未熟かもしれないが、ウィスキー・ソーダを手にいかにも経営者然としてふんぞり返っていた。こっちはマイラ。スティーヴンの抜け目ない、ソフィスティケートされた外見のブロンド妻だ。机の横の椅子に凭れていた。大佐はこの二人を不倶戴天の敵として憎んでいた。他のものどもはそこまで憎悪の対象ではなかった。恐らくより危険な敵ではあるのだろうが、どのみちスティーヴンとマイラの道具に過ぎない。例えばT・バーンウェル・パウエル。上品ぶった自信家で、椅子に浅く腰掛け、膝の上のブリーブケースを掴んでいた。それがまるでせかせかと逃亡を画策するペットでもあるかのように。法律家としては正直な男なのだが、苦痛なほど堅物だった。自分のクライアントはこの上なく公明正大な動機から行動していると信じ込んでいるに違いない。お次は医師のアレクシス・ヴァーナー。ヴァン・ダイク髭とウィーン訛が、ソ連の管理選挙めいて嘘くさかった。こいつはハンプトン大佐の机の前の椅子を占拠していた。苛つく古強者の椅子を、しかしヴァーナー医師は使いたかったのだろう、この状況下で指揮権を持つのが自分であると見せたいがために。そして、ハンプトン大佐は最早「グレイロック」の主ではないと思っているのだろう。五人目は白ジャケットのネアンデルタール人で、ヴァーナー医師お付きのボディーガードだ。この男のことは無視してよろしい。徴兵された新兵のように、上官命令にホイホイ従っているようなものだからだ。
「しかし貴方は非協力的ですねえ、ハンプトン大佐」精神病医は文句を言った。「協力していただけなければ手助けのしようもありませんよ。」
 ハンプトン大佐は葉巻を口から出した。習慣的な喫煙のためうっすら黄染した白い口ひげが怒りに捻れた。
「ほう、あれが手助けだと?」と吐き捨てた。
「そうでなければ、なぜ私がここにいるのでしょう?」医師は受け流した。
「あんたがここにいるのは、我が愛する甥とその麗しき令夫人が、儂が当家代々之墓に入るのを待ちかねておるからだ。このご両人は儂を生きながらあんた…

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