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八ガ岳に追いかえされる
やつがたけにおいかえされる
作品ID59415
著者梅崎 春生
文字遣い新字新仮名
底本 「紀行とエッセーで読む 作家の山旅」 ヤマケイ文庫、山と渓谷社
2017(平成29)年3月1日
初出「旅 第三二巻第八号」日本交通公社、1958(昭和33)年8月1日
入力者富田晶子
校正者雪森
公開 / 更新2020-02-15 / 2020-01-24
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 八※[#小書き片仮名ガ、325-2]岳登山を試みたのは、昨年の八月末のことで、メンバーは僕んとこ夫妻、遠藤周作夫妻、遠藤君の教え子のグラマー嬢たちが数人、それに斎藤さんと言う人で、この斎藤さんは土地の人で、案内役をして呉れることになった。
 初めは八※[#小書き片仮名ガ、325-5]岳に登る予定じゃなかったのである。八※[#小書き片仮名ガ、325-5]岳麓の白駒※[#小書き片仮名ガ、325-5]池という池に行く予定であった。足弱の遠藤君が脚に自信がないからと言ってそれに決め、皆もそのつもりで渋温泉に行き、そこで一泊した。
 その晩、グラマーたちがクーデターを起こし、八※[#小書き片仮名ガ、325-8]岳連峰の一つテング岳登頂を主張したのである。
 斎藤さんは初めから僕らをテング岳に連れて行きたかったのだから、もちろん大賛成で、つづいてグラマーたちの熱意に遠藤夫人が同調、次にうちの夫人が同調というわけで、残るのは男性二人になってしまった。
 遠藤君はしきりに、
「イヤだなあ。おれ、テングなんかイヤだなあ。やはり予定どおり白駒※[#小書き片仮名ガ、326-1]池にしようよ」
 と哀れっぽい声を出していたが、僕は少し酔っぱらっていたので、
「いいじゃあないか。遠藤君。民主主義の世の中だから、多数決と行こうよ」
 などと言ったものだから、それが鶴の一声で、いっぺんにテングということに決定してしまった。
 遠藤君は絶望して、半病人みたいな顔になり、
「ひでえなあ。そりゃ約束が違うよ。ムチャだよ」
 とぼやきながら、早々に自分の部屋に引き上げ、蒲団をかぶって寝てしまった。寝るには寝たが、ノミがいて、あまり眠れなかったそうである。
 僕はぐっすりと眠れたが、これは酒のおかげで、翌朝は宿酔気味で頭がすこし痛かった。
 外を見ると、天気はあまり良好じゃあない。どんより曇っていて、今にも雨が落ちて来そうだ。
 朝食時に、斎藤さんは不機嫌に、窓の方ばかりを眺めていた。折角皆をここまで連れて来たのに、天気が悪いから機嫌を損じたのである。でも天気が悪いのは、斎藤さんの責任じゃない。
 これに反して、にこにこ顔が遠藤君で、
「斎藤さん。この天気じゃダメですよ。次のバスで帰りましょうよ」
 などと、しきりに言っているうちに、次第に天気が持ち直してきた。だんだん遠藤君の声が小さくなった。
 午前八時。とにかく登ってみようということになり、宿屋に弁当をつくって貰った。その期に及んでも遠藤君は、自分だけ宿屋で待ってたいとか、お腹の具合が悪いとか、未練がましいことを言っていたが、奥さんに叱られて、やっと先頭に立って登り始めた。遠藤君を先頭に立てたのは、足弱だからであり、また油断をすると楢山節考の又やんのように、逃げ帰るおそれがあったからだ。僕はしんがりを勤めた。
 実を言うと、私もあんまり登山…

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