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武甲山に登る
ぶこうざんにのぼる
作品ID59416
著者河井 酔茗
文字遣い新字新仮名
底本 「紀行とエッセーで読む 作家の山旅」 ヤマケイ文庫、山と渓谷社
2017(平成29)年3月1日
入力者富田晶子
校正者雪森
公開 / 更新2020-01-17 / 2019-12-27
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 武甲山は武蔵の一名山である。其山、秩父連山の入口にあたり、而かも山姿高峻、優に秩父連山の群を抜き、遠く武蔵野平原から望んでも、武甲山だけは、著しく天空に聳ええて[#「聳ええて」はママ]居る。
 武甲山より二里許り奥に、三峰山があって、三峰神社の信仰者は多く登山するが、武甲山の方は近いに拘わらず、信仰の伴わない山だから、滅多に登山するものがない。武蔵風土記其他の古書に武蔵の名山なりとある一語に好奇心を動かされたる私は、M氏、T氏と共に今年夏、武甲山に登った。
 荒川の上流に架したる秩父橋を、ガタ馬車に乗りて渡ったころから、吾等の前途を圧するような、雄大な山の姿は、問わずと知れた武甲山、成程武蔵の名山であると、心を躍らせながら、秩父大宮の町に着いた。町はずれの怪しげな饂飩屋に入って、登山の支度をし、秩父街道をすこしいって、上影森村の辺から左へ間道を抜けると、愈山麓の樹立途は爪先上りとなり、色の好い撫子の咲いている草原の中に、武甲山入口と彫た大きな石がある。ときに午後一時。元来登山は、麓を朝の中に立って、遅くも正午前後までには、頂上に達するようにせねばならぬとは、予て聞いて居ることだが、見た処では、武甲山はそれほど恐ろしい山ではない。大宮から登り五十二丁と云うのだから、今からでも大丈夫頂上を極めて明るい間に下山することが出来ると断定して了ったのが、抑も後に冒険のおこる発端であった。
 三十分許り樹林を縫うて登ったが、それから先は、草山になって、草は其一部を刈り取ってあるから、天日を遮るものがない、且此山は、殆ど上りばかりで、足を休める平坦な途がない、暑いのと、急なのとで、一行稍疲れ気味が見え出したが、此処で疲れては仕様がないと、なるべく急がぬように上って行く。一方は急峻な傾斜になっている上に、途は細いし、草も木も手ごたえにするものがないのだから転ぶと何処まで落ちて行くか分らぬ。試みに石を転がしてみると、約半町許りもころころと転んでいって、暗い渓谷に隠れて了った。後で聞くと、此辺は俗に七曲りと云うそうだ、大宮の町も眼下に見え、秩父盆地一帯の展望には、この七曲り辺が尤も好い。
 次に途は深い草原に入った、今までは兎に角草の刈った跡だから途は見えていたが、此れからは途が見えない、恰度人間の丈ほどの茅萱其他の雑草が両方から生い茂って、前途をふさいでいるから、ステッキや洋傘で草を分け分け足では途を探って、一歩一歩注意して上って行く。全山殆ど岩石の途で、足袋裸足となった自分は足の裏の痛いこと夥しい。M氏はどこまでも駒下駄を脱がない。
 漸く草原を魚貫して、稍平な途へ出た時には、武甲山の裏へ廻ったので、今まで高いと思っていた連山は、悉く下になり遠く山脈の彼方に浅間の烟を見出した時は思わず高いと叫んだ、併し未だ頂上ではない。
 いままで登ってきた山は山の一段であって、更に巌石が…

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