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おかめのはなし
おかめのはなし
原題THE STORY OF O-KAME
著者小泉 八雲
翻訳者田部 隆次
文字遣い新字新仮名
底本 「小泉八雲全集第八卷 家庭版」 第一書房
1937(昭和12)年1月15日
入力者館野浩美
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2020-06-27 / 2020-05-31
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 土佐の国名越の長者權右衞門の娘おかめは、その夫八右衞門を非常に好いていた。女は二十二、八右衞門は二十五であった。余り夫を愛するので、世間の人は嫉妬の深い女だろうと思った。しかし男は嫉妬されるような原因を作った事もなかった。それで二人の間にはいやな言葉一つ交された事もなかった。
 不幸にしておかめは病身であった。結婚後二年にもならないうちに当時土佐に流行していた病気にかかって、どんな良医も匙を投げるようになった。この病気にかかる人は、喰べる事も飲む事もできない、ただ疲れてうとうとして、変な夢に悩まされているだけであった。おかめは不断の看護を受けながら、毎日次第に弱って行って、とうとう自分でも助からぬ事が分って来た。
 そこで彼女は夫を呼んで云った、
『私のこのいやな病気中あなたがどんなに親切にして下さったか口では云えません。こんなによくして下さる方はどこにだってありません。私、あなたに別れるのが本当につらい。……考えて下さい、私まだ二十五にもなりません、――その上私の夫ほどよい人はこの世にはありません、――それでも私は死んで行かねばならない。……いいえ、駄目、駄目、気休めをおっしゃっても駄目ですよ、どんなお医者だってどうにもならないのですもの。もう二三ヶ月生きていたいと思いましたが、今朝鏡を見たら、今日のうちに死んで行かねばならぬ事が分りました、――そう、丁度今日です。それであなたにお願がありますの――私が安心して死んで行けるように思って下さるようなら、――その願を私にかなえさせて下さい』
『一寸云って御覧、何だか』八右衞門は答えた、『私の力でできる事なら、どんな事でも喜んでして上げる』
『それが――あなたのちっとも喜ばない事なんです』彼女は答えた、『まだ若いのですもの、こんな事をお願することは、中々――大変――むつかしい事ですわ、でもその願事は私の胸に燃えてる火のようです。死ぬ前に云わせて下さい。どうぞ。……ね――あなた、私が死んだら早晩、皆であなたに奥様を持たせるでしょう、ね、あの、約束して下さいませんこと、もう二度と結婚はしないと、――おいやですか……』
『何だ、そんな事か』八右衞門は叫んだ。『願事と云うのはそれだけの事なのか、それは何でもない。よし、約束した、お前の代りは決して貰わない』
『ああ、嬉しい』おかめは床から半分起きて叫んだ。
 それからうしろへ倒れた、同時に彼女の息は絶えた。

 おかめが死んでから、八右衞門の健康は衰えて来るようであった。初めはその様子の変りようを、人々は人情の悲しみの故と解釈していた、それで村人達は『どんなにあの奥様が気に入っていたのだろうな』とばかり噂していた。しかし月が重なるにつれて、段々蒼白くなり弱くなりして、遂には人間ではなく幽霊ではないかと思われる程痩せやつれて来た。それで人々はそんなに若い人がこう急に衰える…

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