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死霊
しりょう
原題SHIRYO
著者小泉 八雲
翻訳者田部 隆次
文字遣い新字新仮名
底本 「小泉八雲全集第八卷 家庭版」 第一書房
1937(昭和12)年1月15日
入力者館野浩美
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2019-12-20 / 2019-11-24
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 越前の国の代官、野本彌治衞門の歿した時、その下役の者共相謀って、その故主人の遺族をだまそうとした、代官の負債の幾分を償却すると云う口実の下に、その家の財宝家具全部を押えた。その上、故主人が無法にも自分の資産の価値以上の債務を契約したように見える偽りの報告書を整えた。この偽りの報告を彼等は宰相に送った、そこで宰相は越前の国から野本の妻子の追放命令を出した。その頃、代官の家族は、たとえ当主の死後でも、何かその人に非行があったときまれば、幾分責任を負わされたものであった。

 しかし、その追放命令が野本の未亡人に正式に交付された時、その家の女中に不思議な事が起った。何かものに取りつかれたようにひきつけて、身ぶるいをしだした、ひきつけが終った時、すっくと立ち上って宰相の役人達と故主人の下役とに叫び出した。
『さあ、おれの云う事をよく承れ。汝等に話しているのは女でない、おれは彌治衞門――あの世から帰った野本彌治衞門――だ、おれが浅ましくも信じていた者共から招いた悲しさと腹立しさ、その悲しさと腹立たしさの余り帰って来たのだ。……汝等恩知らずの不都合な下役のもの共、どうして汝等はこれまで受けた恩を忘れて、この通りおれの財産をなくし、このおれの名を辱しめるような事ができるのだ。さあここでおれの面前で、役所とおれの家の会計の取調べをしてみせる。家来を一人目附の処へ帳簿を取りにやれ、その取調べを照し合せてみせる』
 女中がこんな言葉を口走った時、居合せたものは一同驚いてしまった、彼女の声や態度は、野本彌治衞門の声や態度であったから。疵もつ足の下役共は青くなった。しかし宰相の代表者は直ちにその女の願は充分かなえさすべき旨を命じた。役所の会計帳簿は直ちに彼女の前に置かれた、――それから目附の帳簿は運ばれた。そこで彼女は計算を始めた。一つの誤算もなく、彼女は凡ての計算をして総計を書いて、誤りの項目を直した。彼女の書体は正しく野本彌治衞門の書体であると見られた。
 さて計算の再検査ができ上った時、女は正しく野本彌治衞門の声で云った。
『さあこれで一切でき上った、もうこれ以上おれは何もできない。それでおれはおれの来た処へ帰る』
 それから横になってすぐに寝込んだ、死人のように二日二晩眠った。〔取りついている魂がぬけると、とりつかれた人に大きな疲労と深い眠りが来る〕再び彼女が起きた時、彼女の声と態度は若い女の声と態度であった、そうしてその時もその後如何なる時も、野本彌治衞門の亡霊にとりつかれていた間のでき事を思い出す事ができなかった。

 この事件の報告が直ちに宰相に送られた、その結果宰相は追放の命令を取消したばかりでなく、代官の遺族に大きな賜物を与えた。その後種々の死後の名誉が、野本彌治衞門に与えられた、その上、その後長く家は政府の恩顧を受けて甚だ栄えた。しかし下役の者どもは相当の罰を…

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