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幽霊滝の伝説
ゆうれいだきのでんせつ
原題THE LEGEND OF YUREI-DAKI
著者小泉 八雲
翻訳者田部 隆次
文字遣い新字新仮名
底本 「小泉八雲全集第八卷 家庭版」 第一書房
1937(昭和12)年1月15日
入力者館野浩美
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2019-09-26 / 2019-09-13
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 伯耆の国、黒坂村の近くに、一条の滝がある。幽霊滝と云うその名の由来を私は知らない。滝の側に滝大明神と云う氏神の小さい社があって、社の前に小さい賽銭箱がある。その賽銭箱について物語がある。

 今より三十五年前、ある冬の寒い晩、黒坂の麻取場に使われている娘や女房達が一日の仕事を終ったあとで炉のまわりに集って、怪談に興じていた。はなしが十余りも出た頃には大概のものはなんだか薄気味悪くなっていた。その時その気味悪さの快感を一層高めるつもりで、一人の娘が、『今夜あの幽霊滝へひとりで行って見たらどうでしょう』と云い出した。この思いつきを聞いて一同は思わずわっと叫んだが、また続いて神経的にどっと笑い出した。……そのうちの一人は嘲るように、『私は今夜取った麻をその人に皆上げる』と云った。『私も上げる』『私も』と云う人が続いて出て来た。四番目の人は『皆賛成』と云い切った。……その時安本お勝と云う大工の女房が立ち上った、――この人は二つになる一人息子を暖かそうに包んで、背中に寝かせていた。『皆さん、本当に皆さんが今日取った麻を皆私に下さるなら、私幽霊滝に行きます』と云った。その申出は驚きと侮りとを以て迎えられた。しかし、度々くりかえされたので一同本気になった。麻取りの人達は、もしお勝が幽霊滝に行くようならその日の分の麻を上げると、銘々くりかえして云った。『でもお勝さんが本当にそこへ行くかどうか、どうして分ります』と鋭い声で云ったものがあった。一人のお婆さんが『さあ、それなら賽銭箱をもって来てもらいましょう、それが何よりの証拠になります』と答えた。お勝は『もって来ます』と云った。それから眠ったこどもを背負ったままで戸外へ飛び出した。

 その夜は寒かったが、晴れていた。人通りのない往来をお勝は急いだ。身を切るような寒さのために往来の戸はかたく閉ざしてあった。村を離れて、淋しい道を――ピチャピチャ――走った、左右は静かな一面に氷った田、道を照らすものは星ばかり。三十分程その道をたどってから、崖の下へ曲り下って行く狭い道へ折れた。進むに随って路は益々悪く益々暗くなったが、彼女はよく知っていた。やがて滝の鈍いうなりが聞えて来た。もう少し行くと路は広い谷になって、そこで鈍いうなりが急に高い叫びになっている、そうして彼女の前の一面の暗黒のうちに、滝が長く、ぼんやり光って見える。かすかに社と、それから、賽銭箱が見える。彼女は走り寄って、――それに手をかけた。……
『おい、お勝』不意に、とどろく水の上で警戒の声がした。
 お勝は恐怖のためにしびれて――立ちすくんだ。
『おい、お勝』再びその声は響いた、――今度はその音調はもっと威嚇的であった。
 しかしお勝は元来大胆な女であった。直ちに我にかえって、賽銭箱を引っさらって駆け出した。往来へ出るまでは、彼女を恐がらせるものをそれ以上何も見も聞き…

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