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吸血鬼
きゅうけつき
作品ID59434
著者ポリドリ ジョン・ウィリアム
翻訳者佐藤 春夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「ドラキュラ ドラキュラ」 河出文庫、河出書房新社
1986(昭和61)年1月10日
初出「犯罪公論 第二巻第一号~第三号」1932(昭和7)年1月1日~3月1日
入力者大久保ゆう
校正者
公開 / 更新2022-10-31 / 2022-09-26
長さの目安約 48 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 時正に倫敦に於ては冬期の宴会騒ぎが今を盛りの真最中、いつもながら当代流行の魁を行かうといふ連中が先きに立つて彼方此方でさまざまな宴会を催してゐる折から偶その中へ一人の貴族が現れた。貴族とは云へ、彼はそんな身分よりも寧ろ一風変り者だといふ点で人目を惹いてゐた。面白可笑しい周囲の歓楽の中に雑りながら自分だけはそんな仲間に加はることは出来ないと云つたやうな様子をなしてただ四下のさざめきにじつと見惚れてゐるのであつた。彼のこんな様子が、思慮分別などはさらりと棄ててただもうたわいもない歓楽に酔ひ痴れた人達の胸に怖気を与へたことは云ふまでもない。女達などは彼に一と目ぢろりと見られると鳴りをひそめてしまふ程であつたがその実彼が陽気な女の笑声などに気を配つてゐるこの態度には、見たところ傍にそんな思ひをさせたいと努めてしてゐるやうなところもないではなかつた。しかしこんな畏怖に打たれた人達も、それが果して彼のどんな点から来るものかそれをはつきり説明することは出来なかつた。或者はそれは死人のやうな灰色の彼の眼――相手の顔をしげしげ打戍る時の、それはしかし別段骨身に応えるほどの眼付でもなかつたし、またたつた一目で相手の腹の底を見破るといふ程のものとも思はれなかつたが、しかし何となく肌に重たく圧しかかる鉛色の光を放つて頬に浴せかけられるあの眼のせゐだと云つたものもあつた。とにかく一風変りものであるがために、彼は方々の家へ招かれて行つた。人々は皆彼を見たがり、又強烈な刺戟に慣れて今では退屈の重さに耐へかねてゐる人達は、現前に注意を惹くに足るものの出来たのを喜んだ。その死人のやうな濁つた彼の顔色は曾て羞恥の心からも心頭に発した激情のためにも血の気ひとつ上つたことはあるまいと思はれる色合はしてゐたけれど、しかし目鼻立ちや輪郭はさすがに美しかつたので許多の浮気女どもはその道に名うてな誰れ彼れに倣つてひとつ彼の気を引いて見てやろう、せめては情のそぶりぐらゐでもいいから彼からせしめてくれようと企てた。マーサー夫人――結婚以来客間に現はれてこの奇異な人物の愚弄の的になつてゐた例のマーサー夫人ごときも大分それに肩を入れてひとつ香具師の衣裳を着て彼の気を引いて見ようとした。……が御苦労千万……と云ふのは彼女はそれを身につけて彼の前に立つた時彼の目は明らかに彼女の目と見合したものであつたのに、それでも彼は彼女を認めぬ体であつた。……さすがに物怖ぢしない図々し屋もこれには角を折つて降参してしまつた。勿論普通ざらにある男たらしの女などは彼を見向かせることさへ出来なかつたのは云ふまでもない。しかし、さらば彼は女といふものに対してまるで無関心であつたかと云ふに決してさに非ず。貞淑な人妻やまだ何も知らぬうぶな生娘などに対すると非常に慎重なとりなしで話をしてゐた。ただ彼はさう云ふ女たちに対しても、自分からは話しか…

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