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最も早熟な一例
もっともそうじゅくないちれい
作品ID59440
著者佐藤 春夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 佐藤春夫全集 第26巻」 臨川書店
2000(平成12)年9月10日
初出(一)「週刊女性セブン 第一巻第一七号」小学館、1963(昭和38)年8月28日<br>(二)「週刊女性セブン 第一巻第一八号」小学館、1963(昭和38)年9月4日
入力者
校正者よしの
公開 / 更新2023-05-06 / 2023-05-01
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

(一)
 いやしくもレディの雑誌に、滅相もないこんな欄を設けたものだ。しかもそれが読者によつて迎へられると聞いては、もうすつかり顔まけで、また何をか言はんやといふ気持である。わたくしはそんな時代おくれの老人であると、先づそれをご承知置きありたい。
 小島政二郎だの[#「小島政二郎だの」は底本では「小嶋政二郎だの」]さては舟橋聖一、その他、こんな話題を巧みにこなす諸公がおほぜいゐるなかから、何でわたくしに白羽の矢を立てたものやら。それをまたわたくしが引き受けるはめになつたのは取次ぎの電話の聞き方の不十分による行き違いの結果なのである。
 ままよ、五枚や十枚の原稿など、ひらりと体をかわし顧みて他を言つてゐるうちにすんでしまふだらう。
 と言つて決して敵にうしろは見せない、引き受けた以上、書くべきことはずばりと書くには書く。ただ喜んで読むとかいふ連中にとつては思ひのほかに面白くない、読みがいのないシロモノになるかも知れないが、そんなことはもとよりわたくしの知つたことではない。わたくしにそんなこと題目を[#「そんなこと題目を」はママ]書かせようとした編集者の見当違ひなのだから。
 そもそも「ヰタ・セクスアリス」といふ言葉はもと森林太郎が性欲的自叙伝ともいふべき哲学小説に使つた題であつた。その哲学小説を色情小説化して通俗的に世にひろめたのは、時の文部大臣某のしわざであつた。文部大臣といふ者は、昔も今も時々こんなおもしろいことをしでかす道化役人らしい。文部大臣や雑誌編集人は鴎外の用語を色情生活打明け話といふふうに思つてゐるらしい。しかし鴎外の孫弟子を以て自任するわたくしは大師匠の用語を使ひ誤つてはなるまい。あれを哲学小説として読んだやうに、わが与へられたこの題をもまた哲学的に取扱ひたいと思ふ。では、先づ、
 性欲は人間のなかに潜んでゐる野獣性である。鴎外はこの野獣を家畜のやうに飼ひならすための参考資料としてあの小説を書いたので、先生は先生の内部に住む野獣の活動状態を世人の見せ物にするのが目的ではなかつたに相違ない。
 わたくしはプライバシーを尊重する者である。他人のプライバシーとともに、自分のプライバシーをも尊重する。原稿料と称するはした金のために、この尊重すべき己のプライバシーを冒涜し、こんな題目に正直に立ち向ふ気にはならない。
 ある時、わたくしが性欲は尊厳なものであると言つたら舟橋聖一がそんなことを貴公が言ふのは「神がかり」であると言つたから、わたくしは「さうして貴公が申せば下がかり」ですかと対句をもつてやりかへして笑つたものであつた。
 そもそも性欲は自然があらゆる生物に課して種属保存の義務を負はせた苛税であるが、ずるい自然はにがい薬を糖衣でくるむやうに、この苛酷きわまる重税の表面を快楽みたいなものでくるんで人間を誘惑する。
 性欲はわれわれのすべてが遠い祖先か…

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