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魯迅の「故郷」や「孤独者」を訳したころ
ろじんの「こきょう」や「こどくしゃ」をやくしたころ
作品ID59443
著者佐藤 春夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 佐藤春夫全集 第25巻」 臨川書店
2000(平成12)年6月10日
初出「魯迅案内」岩波書店、1956(昭和31)年10月22日
入力者大久保ゆう
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2021-10-19 / 2021-09-27
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 わたくしの「故郷」を訳したのは今から二十何年前の事であつたらうか。その間に戦時中書庫の荒された事などもあつて、当時を思ひ出す料となるものも欠けてしまつて、思ひ出の手がかりも無く、一切が雲煙模糊としてお話にもならない。
 その以前に阿Qを訳した人があつて、わたくしはそれによつてかねて名前を知つてゐた魯迅の作品を読んでこれに推服したやうに思ふが、阿Qの真価をほんたうには理解してゐなかつたやうにも思ふ。
 ただ今も明確に思ひ出せる唯一の事は、わたくしの「故郷」ははじめ英訳で読んで、それを原文と対照しながら、訳したといふ事実である。
 その英訳はまだ失はれないで残つてゐるのを最近も見かけたやうな気がしたので、やつとそれを見つけ出して、それが George Routledge の The Golden Dragon Library のなかの一册で“The Tragedy of Ah Qui” and Other Modern Chinese Storiesといふ本で J. B. Kyn Yn Yu といふ中国人らしい人が原文から訳したものと、別に E. H. F. Mills といふ人の仏文から訳したといふもの。中国の近代作家七人(Yo Ta Fu 郁達夫の外の名はわたくしには判読できない――ローマ字になつてゐるから)さうして他の作家のものはすべて各一篇であるが魯迅のは三篇あつて、この書の大半を占めてゐる。
 その魯迅の三篇は書題になつてゐる Ah Qui の外にわたくしの訳した Native Country の外の一篇は Con Y Ki で、魯迅を欧洲に紹介するとしたら先づ要領のいい選択であらうと思ふ。書は一九三〇年の出版にかかるものをわたくしはその翌年あたり入手したらしい。わたくしが「故郷」を訳出したのはこれを読後すぐであつた。
 わたくしは先づ英文で一読した。中国人の英文らしくわたくしにもすらすらと読める素朴な英文でそれが故郷の内容にふさはしく効果的であつた。
 わたくしは早速、文求堂にかけつけて、店頭にあつた魯迅の短篇集二巻を手に入れて帰り、それから英文と対照して飜したものである。由来わたくしの英語は半人前だと自分で思つてゐる。さうしてわたくしの漢文の読書力も半人前を以て自認している。この二つの半人前を合してわたくしは一人前の(?)飜訳をした。魯迅のは現代文だから漢文の読み方ではわからぬ字も無いではなかつたが英訳のおかげで大に助かつた。それに魯迅の文章は現代の中国文のなかでは漢文的なものの多い文章のやうに思へて、この点でもそれほどは難解ではなかつた。
 わたくしが「故郷」を訳してみる気になつたのは、勿論その作品に感心したためであつたがこれによつて自分の半人前の読書力を少しでも養ひ、同時にこの大きな風格を持つた作家の作風から学びたいと思つたからである。飜訳と…

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