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モンテーニュ随想録
モンテーニュずいそうろく
副題02 モンテーニュの知恵
02 モンテーニュのちえ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「モンテーニュ随想録」 国書刊行会
2014(平成26)年2月28日
入力者戸部松実
校正者大久保ゆう、雪森、富田晶子
公開 / 更新2019-01-02 / 2018-12-31
長さの目安約 60 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#挿絵]

 モンテーニュの『随想録』を理解する上に、先ず第一に知っていなければならないことは、彼がどのように相対主義者であったかということであろう。私は次に様々な場合をあげて、彼がいかなる場合にも常に相対主義者であったこと、それが彼の知恵にも通ずるし、またそれが『随想録』の愛すべきパラドクスともなっていることを、示そうと思う。

 先ず第一に彼が個人主義を説いている場合について考えて見よう。まったくモンテーニュの「我」(moi)は最も有名であり、彼こそ自己について語った最初の著者であると従来一般にも信じられているし、また彼自らもその『随想録』のあちこちに、自分こそこの本の内容なのだとか、他にこれという主題もないからわたしは自己を唯一最大の主題としたので、唯この点でこそ自分の著作は天下に唯一つのものなのだとか、称している。だが文学史家の解説だとか選文集の中に抜萃された断片的文章だとかではなしに、『随想録』の全三巻を通読し熟読した上で気がついて見ると、果してモンテーニュは言われるように徹底した個人主義者であったろうか? 伝説化されているようなエゴイストであったろうか? 『随想録』の中には彼の「我」以外のものが案外色々と豊かに含まれていはしないか? その両方を、彼が得意とする天秤ばかりにかけて見たら、一体どっちがさがるだろうか?――こう考えて見ると、事は決して簡単に割りきれないのである。

 もっとも、謎につつまれているのはモンテーニュとその著作ばかりではあるまい。およそ大思想家大芸術家と呼ばれる程の人ともなれば、誰でもそう簡単に割り切れるものではない。例えばラブレにしても久しいこと荒唐無稽な謎であったのだし、『メモワール』の著者サン・シモンにしても、唯宮中席次ばかりやかましく言いたてる封建貴族の末裔とばかりきめつけてしまうわけにはゆくまい。後世の学者たちの間に様々な異論をまきおこさずにはやまないということほど、その作者にとって光栄千万なことはないのだというようなことを、ヴァレリーもどこかで言っていた。性格学の専門家であるコルマン博士(Dr. L. Corman)なども、「一般に天才人は、明確に限定された何かの性格類型の枠内に(dans un type caract[#挿絵]rologique nettement d[#挿絵]fini)はめこむことが出来る場合の方がむしろ例外的である」と言っている。モンテーニュなどは特にそう思われる。自己の観察分析にあれ程綿密で熱心だったモンテーニュ自ら、おのれの性格を、気鬱性(humeur m[#挿絵]lancolique)であると共に癇癪もち(chol[#挿絵]rique)でもあると認めている。それにこれらの人々は、いずれもその感想その意見を、教科書や学術論文におけるように、明確に、理路整然とばかりは、述べていない。むしろ…

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