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モンテーニュ随想録
モンテーニュずいそうろく
副題04 読者に
04 どくしゃに
著者モンテーニュ ミシェル・エケム・ド
翻訳者関根 秀雄
文字遣い新字新仮名
底本 「モンテーニュ随想録」 国書刊行会
2014(平成26)年2月28日
入力者戸部松実
校正者大久保ゆう、Juki、雪森、富田晶子
公開 / 更新2019-07-27 / 2019-07-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 この序文は一五八〇年始めてエッセーが公刊されるに際して書かれたものであるから、全然自己描出の現われない初期のエッセーにもあてはまらないし、一五八八年以後の、自己を描きながら広く人間性を描くのだといった晩年のエッセーにもあてはまらない。けれどもこの短い文章の中にモンテーニュはかなりよく自著の内容を言いえている。すなわち彼が野心にとらわれないこと、自分を過信しないこと、自分の情欲の奴隷になるまいと常に努めながら自分の生命なり生活なりは何よりも大事に考えていること、それから死に対する深い関心、それに飽くまでも自己をいつわることなく真理真実に徹しようとする気持などが、はっきりとここに言われている。まず何をおいても真実に徹すること、これがモンテーニュの第一の、そして究極の目的なので、それを冒頭第一に「これはうそいつわりのない書物である」と言ったので、それだけ言えば他にはもう何も言う必要はない位に彼は思っているのだ。だが彼はアメリカの人喰人ではなくてフランスの紳士である。だからいくら自然率直と言っても全くの素裸ではない。残念だがこれだけは致し方がないと、最後にちょっぴり申訳をしている。これはさすがに著者の育ちのよさを思わせるばかりでなく、ずいぶん含みのある言葉としてうけとられる。我々はここに、モンテーニュの生きた時代が二つのイデオロギーの対立のために油断もすきもならない時代、近親朋友の密告をすら用心しなければならない時代であったことを、想いおこさなければならない。そして後年、すなわち一五八六―八八年頃第一巻第四十章に加筆された「これらのエッセーはそっぽをむいていっそう微妙な意味をひびかせている」と言った句や、第三巻第九章の中で自著の中に存する矛盾と曖昧に関する弁解をしているところなどを、併せ読まなければなるまい。こう考えてくると、「ただ親類や友人の慰めのため」に書いたにすぎないと言うのも、文字どおりにはうけとれない。どうもこのようなパラドクサルな言い方は著者生来の好みであったらしく、かえって『随想録』の趣の一つとなっている。彼は既に一五七七―七八年頃から世間をはっきりと意識して書いているのである。


 読者よ、これはうそいつわりのない真正直な書物です。何よりも先にまず申上げておきますが、わたしはこの本を書くに当って、自分のこと私のことよりほかには何も目ざしはしませんでした。あなたのお役にたとうとも、自分のほまれを輝かそうとも、そんなことは少しも考えはしませんでした。そんなことはとてもわたしの力におよばないことです。わたしはただ、自分の親類の者や友人たちのためにだけ、これを書いたのです。つまり彼らがわたしを失ったら(やがて彼らはそういう目にあわなければならないのです)、この本を見てわたしの気分気質のいくらかの特徴が容易に思い出せるように、いやこの本を読むことによって、…

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