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純情小曲集
じゅんじょうしょうきょくしゅう
作品ID59472
副題01 珍らしいものをかくしてゐる人への序文
01 めずらしいものをかくしているひとへのじょぶん
著者室生 犀星
文字遣い旧字旧仮名
底本 「萩原朔太郎全集 第二卷」 筑摩書房
1976(昭和51)年3月25日
初出「純情小曲集」新潮社、1925(大正14)年8月12日
入力者きりんの手紙
校正者友理
公開 / 更新2022-11-01 / 2022-10-26
長さの目安約 1 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 萩原の今ゐる二階家から本郷動坂あたりの町家の屋根が見え、木立を透いて赤い色の三角形の支那風な旗が、いつも行くごとに閃めいて見えた。このごろ木立の若葉が茂り合つたので風でも吹いて樹や莖が動かないとその赤色の旗が見られなかつた。
「惜しいことをしたね。」
 しかし萩原はわたしのこの言葉にも例によつて無關心な顏貌をした。

 或る朝、萩原は一帖の原稿紙をわたしに見せてくれた。いまから十三四年前に始めてわたしが萩原の詩をよんだときの、その原稿の綴りであつた。わたしは讀み終へてから何か言はうとしたが、それよりもわたしが受けた感銘はかなりに纖く鋭どかつたので、もう一度默つて原稿を繰りかへして讀んで見た。そしてやはり頭につうんと來る感銘が深かつた。いいフイルムを見たときにつうんとくる涙つぽい種類の快よさであつた。わたしはすぐ自分のむかしの詩を思ひ返して、萩原もいい詩をかいて永い間世に出さなかつたものだと、無關心で、無頓着げなかれの性分の中に或る奧床しさをかんじた。かれは何か絶えずもの珍らしいものを祕かにしまつてゐるやうな人がらである。

五月二十一日朝
犀星生



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