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偏奇館吟草
へんきかんぎんそう
作品ID59487
著者永井 荷風 / 永井 壮吉
文字遣い新字旧仮名
底本 「荷風全集 第二十巻」 岩波書店
1994(平成6)年10月28日
初出海月の歌「三田文学 第四巻第二号」三田文学会、1913(大正2)年2月1日<br>山の手「三田文学 第四巻第二号」三田文学会、1913(大正2)年2月1日<br>縧蟲「三田文学 第四巻第二号」三田文学会、1913(大正2)年2月1日<br>不浄の涙「三田文学 第四巻第二号」三田文学会、1913(大正2)年2月1日<br>夏うぐひす「女性 第一巻第二号」新生社、1946(昭和21)年5月1日<br>ハーモニカ「女性 第一巻第二号」新生社、1946(昭和21)年5月1日<br>涙「女性 第一巻第三号」新生社、1946(昭和21)年6月1日<br>口ずさみ「女性 第一巻第三号」新生社、1946(昭和21)年6月1日<br>その他「來訪者」筑摩書房、1946(昭和21)年9月5日
入力者hitsuji
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2020-04-30 / 2020-03-28
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

De la musique avant toute chose ――
Paul Verlaine.
詩は何よりも先音楽的ならむことを。
ポール、ヴヱルレーヌ

はしがき

嗤ふなかれ怪しむなかれ。
この集をひらきみる人。
この集に載せたる詩篇。
思出の言葉なきものあらざることを。
物一たび、去ればかへることなし。
かへらぬものはなつかしからずや。
あかるき今日の昼とても
暮れなばたちまちむかしなり。
休まざる時計のひゞきは
忘るゝな。思出でよと。
絶間なくわれにぞ告る。
思出は命の絲につながれし
珠のくさりに似たらずや。
命の糸のきるゝ時
まろびて珠は砕くべし。
愛でよ惜しめよ。思出を。
玉手箱のふたあけて
珠のかざりを取出す乙女の如くに
マルグリツトの如くに。
[#改ページ]


夏うぐひす

樫の葉がくれ夕まぐれ。
夏うぐひすのつかれし調
何をかうたふ。
とりのこされて人里に
うらぶれて行くかなしみか。
かへりそびれし故里の思出か。
老を歎かん。われもまた。
親しきものは皆去りぬ。
生きながらへてわれのみひとり。
むかしを慕ふ。
それかあらぬか
夏うぐひすのつかれし調。
樫の葉がくれ夕まぐれ。
[#改ページ]


からす

からす。
地獄の鳥。
月さえわたる庭にきて
蝉をな追ひそ。
合歓の葉は今しづかに眠り
合歓の花に露はかゞやく。
かなで続けし夏のしらべに
蝉はつかれていこへるを。
からす。
地獄の鳥。
汝飢ゑなば泥海の
干潟あさりて
くされしものを啄め。
月夜の庭には
あかるき夏のあらゆる草木
その影もろともにいこへるを。
去れ。去れ。

からす。
地獄の鳥。
STYX の河辺はるかに。
[#改ページ]


旧調

別れて後のいくとせ
またの逢瀬この世にて
かなはぬわけを知りしより
悟の道をまなびしが。
さとりすませばまた更に
身にしみ/″\とさびしさの
堪へもやらねばそのむかし
いまだ悟らぬ宵ごとの
悩みもだえのさてなつかしと
せめては夢をたよりにて
夢のあふせをゆめみけり。
命あれば憂きおもひこそ絶えやらね。
さとればさびし鐘の声。
さとらねばつらし雨の音。
これが浮世。これが人の世。
[#改ページ]


絶望

絶望は老樹の幹のうつろより深し。
幾年月の悲しみ幾年月の涙。
おのづから心の奥の底知れず
うつろの穴をうがちたり。
されど老樹は猶枯れやらず
残りし皮残りし骨に
あはれ醜き姿を日にさらす。
屈辱にひしがるゝ老の身は
義憤にうごめき反抗に悶えて
あはれいたましき形骸を世に曝す。
死は救の手なり虚無は恵なり。
吹けよ老樹にはあらし。
人の身には死よ。
されど願ふものは来らず
望むものは去る。
あはれあらしと死よ。
[#改ページ]


こほろぎ

何とて鳴くや
庭のこほろぎ夜もすがら。
雨ふりそへば猶さらに
あかつきかけて鳴きしきる。
何とて…

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