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蝗の大旅行
いなごのだいりょこう
著者佐藤 春夫
文字遣い新字新仮名
底本 「動物たちの物語〈ちくま文学の森12〉」 筑摩書房
1989(平成元)年1月29日
初出「童話」コドモ社、1921(大正10)年9月
入力者hitsuji
校正者noriko saito
公開 / 更新2020-04-09 / 2020-03-28
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 僕は去年の今ごろ、台湾の方へ旅行をした。
 台湾というところは無論「はなはだ暑い」だが、その代り、南の方では夏中ほとんど毎日夕立があって夜分には遠い海を渡っていい風が来るので「なかなか涼しい」だ。夕立の後では、ここ以外ではめったに見られないようなくっきりと美しい虹が、空いっぱいに橋をかける。その丸い橋の下を、白鷺が群をして飛んでいる。いろいろな紅や黄色の花が方々にどっさり咲いている。眩しいように鮮やかな色をしている。また、そんなに劇しい色をしていない代りに、甘い重苦しくなるほど劇しい匂を持った花もどっさりある――茉莉だとか、鷹爪花だとか、素馨だとか。小鳥も我々の見なれないのがいろいろあるが、皆、ラリルレロの気持のいい音を高く囀る。何という鳥だか知らないが、相思樹のかげで「私はお前が好きだ」と、そんな風に啼いているのもあった。……こう書いているうちにも、さまざまに台湾が思い出されて、今にももう一度出かけて行きたいような気がする。台湾はなかなか面白いいいところだ。
 で、僕が台湾を旅行している間に見た「本当の童話」をしよう。
 僕は南の方にいたので、内地への帰りがけに南から北へところどころ見物をしたが、阿里山の有名な大森林は是非見ておきたいと思ったのに、その二週間ほど前に、台湾全体に大暴風雨があって阿里山の登山鉄道が散々にこわれてしまっていたので、とうとうそこへは行けないでしまった。それで、その山へ登るつもりで嘉義という町へ行ったのだが、嘉義で無駄に二日泊って、朝の五時半ごろに汽車でその町を出発した。
 いい天気だった。その上、朝早いので涼しくて、何とも言えない楽しい気がした。僕は子供の時の遠足の朝を思い出しながら気が勇み立った。大きな竹藪のかげに水たまりがあって、睡蓮の花が白く浮いているようなところを見ながら、朝風を切って汽車が走るのであった。
 確か、嘉義から二つ目ぐらいの停車場であったと思う。汽車が停ったから、外を見ると赤い煉瓦の大きな煙突があって、ここも工場町と見える。このあたりで大きな煙突のあるのは十中八九砂糖会社の工場なのである。その時、そこのプラットホオムに四十五六の紳士がいて、僕のいる車室へ乗り込んで来た。その後から赤帽が大きなかばんを持ち込む。そのまた後から別にまたもう一人のいくらか若い紳士が這入って来た。年とった方の紳士というのは、すぐ私のすじ向うの座席へ腰を下した。この人はおなかの大きな太った人で、きっと会社の役員だろうと僕は思った。赤帽のあとから来た紳士は貧相な痩せた人であるが、この人は腰をかけないで太った紳士の前に立ったままつづけさまに幾つもお辞儀をしていた。この人もきっと会社の人で、上役が旅行をするのを見送りに来たのに違いない。これはこの二人の風采や態度を見くらべてもよく解る。太った紳士が金ぐさりのぶらさがったおなかを突き出して何か…

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