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同居人荷風
どうきょにんかふう
作品ID59504
著者小西 茂也
文字遣い新字新仮名
底本 「現代日本文學大系 24 永井荷風(二)」 筑摩書房
1971(昭和46)年12月15日
初出「新潮 第四十九卷 第十二號」1952(昭和27)年12月1日
入力者きりんの手紙
校正者noriko saito
公開 / 更新2020-01-16 / 2022-09-27
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 荷風先生をわが陋屋の同居人(?)として迎える光栄を有したのは昭和廿二年一月七日から翌年十二月廿八日までの約二ヶ年の間であった。年少より秘かに敬愛していた先生に昼夜親炙することを得たのは、僕の生涯の喜びであり、つぶさにその間、僕は先生を観察し、その言行を毎日微細にノートしてきた。大判のノートで四冊にも及ぶその「荷風先生言行録」は、僕にとって古い恋文の如くであり、貴重な文献でもあるが、過去の日記や恋文を焼くという感傷癖のある僕は、秋晴の今日、庭の落葉と共にこの「言行録」も焼却することにした。灰燼にそれが帰する前、ここにその一端を書き留めておきたいと願うのも、果して僕の未練であろうか。荷風先生は大いに迷惑とせられるであろうが、くれぐれも御海容を乞いたい。

 昭和二十二年八月一日。読売新聞に蔵書を少女に売られた荷風老のゴシップ記事でる。(もと同宿しておりしO家にのこせる書籍や原稿を、市川の古本屋に売払われたるため、先生は警察に訴え出でたるなり。)もっと詳しく這般の事情を素破抜いてくれたらよいにと先生甚だ残念がる。先方にては先生が発狂せりと訪客に語りおるためなり。明日は露伴氏の葬式なるも、会葬に行くと新聞記者がついてくるゆえ行かぬといい、それに第一、着て行く礼服がないと申さる。同じ菅野に住むも先生は露伴先生にかつて会いしことなし。夜半、先生雨戸をあけ縁側より立小便す。
 八月二日。中央公論小瀧氏らと共に近くの露伴の葬式の模様を揃って見に行く。先生例の下駄ばきに買物籠を下げてなり。炎暑焼くが如し。遠くから葬式を見、さすがに露伴は老人ゆえ女の会葬者尠しと申さる。その足で八幡の闇市に行く。戻ってから例によって雑談。その二三を左に録せん。
 一、自分は原稿を頼まれるのと、人の原稿の売込み方を頼まれるのが大嫌いにて、それ以外の雑談客なら、さほどいやでもないと申さる。
 一、日本に進駐している黒人や洋人を描いてみたきよし。
 一、死後三十年たてば自分の日記を全文公刊してもよろし。それ以前だとおのが関係せる女二十人あまりに迷惑がかかる。また俳優(左団次、猿之助、長十郎等)や俳優の細君の噂話があるから先方は困るだろうし、文壇人(生田葵山、菊池寛、小山内薫、Y・Y、M・K、M・K等)の悪口もあるから気の毒といい、日記に売女の値段とお米の相場は書き洩らすなと佐久間象山は語れりという。話は柳北、一葉、紅葉、小波の日記の方に移る。
 一、のぞき趣味を小説家は大いに有せざるべからずと云い、舟橋田村高見など若い連中は、のぞきや女道楽にあまり金を使わぬから秀れた情痴小説が書けぬので、自分は富士見町に待合を歌女に出させた折り、素人客の連れ込みが来ると、隣室からのぞき見せりとその苦心談ありたり。
 八月三日。先生いう、海神に地所附十万円のバラックの売物あるも、女中をおかねばならず、おけば必ず物資を…

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