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歳末の質屋
さいまつのしちや
作品ID59528
副題都内に約一八〇〇店
とないにやくせんはっぴゃくてん
著者山之口 貘
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆 別巻18 質屋」 作品社
1992(平成4)年8月25日
初出「東京新聞」1954(昭和29)年12月16日
入力者浦山敦子
校正者noriko saito
公開 / 更新2023-09-11 / 2024-01-28
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 画家のK女史と記者のTさんとぼくとが、車に同乗。灯のついたばかりの師走の街のざわめきを縫って、城南のとある坂の上で車を止めた。ぼくらは坂の途中の電柱に掲げられている矢印の示す露地にはいった。「そろそろベレーなど、ポケットにおしこんでおきましょうかね。」するとTさんも、「そうだそうだ。」というわけで、ぼくとTさんは頭のベレーをポケットに移したのである。
 それはこの質屋に現われる客達のふん囲気に邪魔にならないようにとのこころがけなのだ。
 板ベイに沿うて一寸行き、木戸を開けて、玄関を開けると、客は、まだ一人もいなかった。来意のほどは、あらかじめ電話しておいたので、玄関に出て来た女の子も承知していたらしく、すぐに座敷へ通してくれた。
 ぼくの知っている限りでは、木戸にも玄関にも、のれんのかかっていない質屋はこの質屋だけなのである。そこで、T氏が、その理由を若い主人にきくと、先代からずっとのれんはかけていないそうで、「なにしろ世間では、のれんをくぐるのがいやだと言いますからね。」とのことだ。
 ぼくなども、くぐり馴れているみたいだが、それでも、うしろを気にし、左を気にし、右を気にして、さっとくぐったりしたのが常なのだ。
 この質屋さんは、四十五年もつづいているのだそうで、欄間には犯人検挙によく協力してくれたという意味のその筋の表彰状が、三つ額になってかかっている。お店が忙がしくならないうちにと、倉のなかを案内してもらった。倉は二階建てで、壁はコンクリート。四段五段の棚が、まんなかとぐるりの壁にめぐらされていて、床は高い。預った品物の保存には、タトウの包紙が虫がつかなくて一番よいそうで、一尺二寸四角ほどの形に包まれた品物が、棚いっぱい詰っているのである。
 どれもこれも、保存に耐えるように、くるんだり包んだりしてあるので、なかみは見えないのであるが、梯子段の下にごろごろ並んでいるのがあるので、なにかときくと、「ミシンの頭です。」とのことである。
 それではどこかの家庭で、頭のないミシン台を見かけた覚えもあるが、頭はみんな質屋の倉の梯子段の下で静養しているのかと思わずにはいられないのだ。
 なかには、箱も新しく、買ったばかりのものらしい正札付の背広やオーバーなどもあるが、質屋の若主人は首をかしげて「そういうのはどうしたんでしょうね。」と言うのだ。それはなるほど質屋さんには難解なのかも知れないが、ぼくの知っているあるサラリーマンは、勤務先に出入りの洋服屋さんから買ったばかりの背広をその足で質屋に入れたことがあるのだ。
 つまり、洋服屋さんには月々のサラリーからなしくずしにしてその代金を支払うことにして、さしあたり必要な金をその背広で質屋から借りたのである。その人はだから、はじめから着るために背広を買ったのではなくて金がほしくて買った背広というわけになるのである。何もふ…

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