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お守り
おまもり
作品ID59531
著者山川 方夫
文字遣い新字新仮名
底本 「夏の葬列」 集英社文庫、集英社
1991(平成3)年5月25日
初出「三社連合」北海道新聞日曜版、1960(昭和35)年3月
入力者kompass
校正者かな とよみ
公開 / 更新2021-02-20 / 2021-01-27
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ――君、ダイナマイトは要らないかね?
 突然、友人の関口が僕にいった。四、五年ぶりでひょっこり銀座で逢い、小料理屋の二階に上りこんで飲んでいる途中だった。
 関口とは、高校までがいっしょだった。いま、彼は建築会社につとめている。だからダイナマイトを入手するのもさほど難しくはないだろうが、いかに昔から変わり者だった彼にしても、その発言はちょっと突飛だった。
 ――べつに。もらっても使いみちがないよ、ぼくには。
 と、僕はいった。
 ――いま、ここにもってるんだけどな。
 関口はいった。
 もちろん、冗談にきまっている。僕は笑って彼の杯に酒をついだ。
 ――よせよ、おどかすのは。だいいち、すぐ爆発しちゃうんだろ? あぶないじゃないか。そんなものを、なぜもって歩かなくちゃならないんだい。
 すると、関口はしゃべりはじめたのだ。

 ――いま、ぼくは妻と二人で団地アパートに住んでいる。一昨年の夏に申し込んで、待ちきれなくなって去年の春に結婚して、その秋になってやっと当選したんだから、まったく、そのときは天にものぼる気持ちだった。
 まだ土になじまない芝生も、植えたばかりらしいひょろ長い桜も、みんなかえっていかにも新鮮で、やっと新婚らしい気分も味わえたような気がした。……とにかく、それまでは親父の家、それも大家族の、純日本式の家の六畳一間に住んでいたんだもの、すべての他人の目や物音から遮断された、鍵のかかる部屋、それをぼくたちはどんなに望んでいたことだろう。その点では、たしかに思いを達したわけなんだよ。
 しかし、念願の新しい団地アパートの一室に住みついて半年、ぼくは、なぜか奇妙ないらだたしさ、不安、まるで自分自身というやつが行方不明になったような、あてのない恐慌みたいなものを感じはじめているんだ。……べつに、だれのせいでもない、一種のノイローゼなのかもしれない。だから、あの男にも特別な罪はないのかもしれない。が、とにかく黒瀬というその男がぼくのこんな状態の直接のきっかけをつくった、これはたしかなんだ。
 宴会でおそくなった夜だった。もうバスがなくて、ぼくは団地の入口までタクシイでかえった。ぶらぶらと夜風にあたりながらぼくの棟まで歩いて行き、すこし酔いをさますつもりだった。
 そのとき、ぼくはぼくの前に、一人の男が歩いているのに気づいた。ぼくはびっくりした。まるで、ぼくの後姿をみるように、ぼくとそっくりの男なんだ。同じようにソフトをかぶり、左手に折詰めをぶら下げ、ふらふらと酔った足どりで歩いている。霧の深い夜で、ぼくは自分の影をみているのかと思ったくらいだ。
 だが、そいつは影じゃなかった。ひょろひょろとぼくの前を歩いて行く。へえ、なんだかおれによく似たやつだな。そんな気持ちでついて行くと、なんとそいつはぼくと同じE棟に住んでいるらしいんだね。E棟の、いつもぼくが上…

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