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海浜荘の殺人
かいひんそうのさつじん
作品ID59561
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎探偵小説全集 第四巻 海洋冒険譚」 作品社
2008(平成20)年1月15日
初出「少年少女譚海」博文館、1938(昭和13)年8月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2022-08-20 / 2022-07-27
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

四人の客

「エル、まだかい」
 ベランダから無遠慮に覗きながら、高野千之が声をかけた。鏡台に向って日灼け予防の白粉を塗っていた志津子は吃驚して、
「厭アよ千ちゃん、そんな処から覗いたりして、お化粧してるとこなんか男が見るもんじゃないわ」
「僕は別に構やしないがね、みんな門のとこで待っているぜ」
「先へ行っててよ、あたしお祖父さまに御挨拶してからでなくちゃ行けないわ。――それからねえ千ちゃん、あたしをエルって呼ばないで頂戴」
「承知致しました、エル」
「あたしを嘲弄うの?」
 志津子は屹と振返った。――高野千之は苦笑しながら、
「僕が呼ぶとそんなに気に障るのかい。みんなそう呼んでいるじゃないか」
「誰にも呼んで貰いたくないの、亡くなった父さまだけよ、あたしをエルって呼べる人は。……父さまは良い方だったわ、あたしが母さまに似ているので、彼女のようだという意味から仏蘭西語で、『彼女』と呼んだんだわ。あたし母さまとは小さい時死別れたのでお顔を覚えていないけれど、父さまからエルや――って呼ばれる時には、あたしの中に母さまが生きているような気持になったものだわ」
「御免よ、しいちゃん」
 千之は眼を伏せながら云った。
「そんな訳があるとは知らなかった。是から気をつけるよ――」
「皆にもそう云って頂戴、四人ともあたし好きじゃあ有りませんって。貴方たちはみんな不良よ、嫌いだわ!」
「僕もそう思うよ」
 呟くように云って、高野千之はくるっと向直り、大股に庭へ下りて行った。
 ここは湘南鵠沼の海岸、中村庄右衛門という老子爵の別荘である。――広大な庭を持った白堊の洋館には、長年の痛風症に悩む老子爵と、十八になる孫娘の志津子、それに執事の苅田平吉と三名の召使が住んでいた。
 ところが、暑中休暇になると共に、四名の青年がこの別荘へ避暑にやって来た。井上一郎、久良啓吉、高野千之、荒木清と云って、みんな中村家とは親族関係の者だが、――志津子には四人の青年たちが何を目的に此処へ来ているかよく分っていた。一言にして云えば、彼等は中村家の莫大な財産がめあてなのである。どうかして老子爵のお気入になって、志津子と結婚し、この中村家の巨万の財産を手に入れようと企んでいるのだ。
 ――うむ、そうかも知れん。
 老子爵は志津子の考えを聞いた時頷いて云った。
「だが少しくらい不良に見えるような奴に、却って天才がいるものだよ」
 しかし志津子には、老子爵の言葉がよくは分らなかった。高野千之はまだしも、他の三人はだらしの無いうえに乱暴者で、中学時代には警察の厄介になった事さえあるような連中だ。
 ――あたし油断しないわ。
 とひそかに決心していたのである。
 高野千之が去ると、志津子は急いで化粧を済まして祖父の部屋へ入って行った。――老子爵は安楽椅子に深々と掛けて、新着の仏蘭西雑誌を読んでいた。
「お祖父さ…

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